ま、いろいろ収穫は有ったし江戸に戻ろうか、そして帰ったら藤乃がモテモテだった

 さてさて、今回の五大遊郭の囲碁大会は何とか俺たち吉原の優勝で終わった。


 囲碁のことだけでなく揚屋の作りとか、他の遊郭の考えてることがわかったりしていろいろ有意義であったと思う。


しかしながらいつまでも見世の看板である太夫たちがいないのもあまり良くないのでそろそろ江戸に戻ろう。


「さて、あんまり見世の看板がいないままなのもまずいし、そろそろ江戸に帰らせてもらうぜ」


 林家は笑って言った。


「ああ、年末にはまたそっちに行くことにするぜ」


 しかし、伊勢や長崎も黙ってはいない。


「じゃあ秋には古市で何か競うことにしないか?

 双六勝負とか面白そうだと思うが」


 ああ、バックギャモンの方な。


 平安の時代から賭博に使われてるし熱い勝負になりそうだな。


「では春には丸山でなにか行ないましょう。

 楽器の腕を競うなどどうでしょう」


 丸山は楽器か……逆でもおかしくないがおもしろそうではあるな。


 それを聞いて俺は言った。


「お前らなぁ……実際季節毎に店を空けるのはきついし、全部の遊郭が集まるのは一年一回にしようぜ、大阪は勝手に帰っちまったから口を挟む権利もないと考えていいだろうけど、他の遊郭が加わっても面白いかもな」


「何を開催するか決定するのは持ち回りってことか」


「ああ、それでいいんじゃねえかな?

 開催地を京と伊勢で交代でもいいし」


「ふむ、そのほうがいいかもしれんな」


 こうして一年に一回どこの遊郭が一番なのか京か伊勢かで競い合うことになった。


 この程度であればどこかの見世が傾くことはないと思うしな。


 そうして俺達はそれぞれ帰途についた。


 東海道を歩いて帰るが行きはいろいろ楽しかったが帰りというのはなぜか案外あっさりとしたもので、淡々と歩いては旅籠に泊まってを繰り返して吉原に戻ってきた時はなぜかホッとした。


「なんだかんだで吉原が一番落ち着くな」


 藤乃の付き添いで付いてきた桃香がこくこくと頷いて笑顔で言った。


「わっちもそう思いやす」


 藤乃はため息をついていた。


「文がえらいたまってやすやろなぁ」


 俺はそれを聞いて首をかしげた。


「いい事じゃねえか」


 藤乃はぷんぷんという感じで言う。


「当分休めそうにあらへんのでやすが?」


「ま、まあ、いい事じゃねえか。

 島原に勝って日本一の遊女の名前を得たんだし、お前さんと遊べば箔もつくってことなんだし」


「そうでやすけどなぁ、ともかく師匠に報告の挨拶に言ってきやすわ」


「おう、行ってこい」


 一方西田屋の揚巻が俺のところに来て言う。


「三河屋さん、わっちにも囲碁の師匠を紹介してくんなまし」


「ん、西田屋はそうしてくれなかったのか?」


「あい」


「そうか、じゃあ……」


 とそこに十字屋の紅梅も加わってきた。


「楼主はん、わっちにもお願いしやすえ」


「あ、ああ、そうだよな、わかってるぞ」


 ということで俺は二人を本因坊に紹介して鍛えてもらうことにした。


 そして藤乃にはやはりあちこちの大名からお相手の申込みが来ていた。


 実質日本一の太夫になったわけだから当然ではあるが、いままで良くしてくれていた親藩や伊達の殿様以外にも豪商や大名の奥方の伝手を頼ってくる公家なども箔付けのために遊びたがっているのだ。


「いままでのご贔屓さんを優先しますけどええでんな?」


 藤乃に聞かれて俺はうなずく。


「ああ、いままでお前を支えてくれたのはそういった方々だからな」


 藤乃は日程を調整しつつ誰を先にするかまだ悩んでるようだが、現状ではお得意様を優先の方がいい。


 一回遊んで箔が付いたと判断すれば二度とこないやつもいるだろうしな、客を選べる立場になれる遊女は少ないのだからその権利は存分に履行すればいいのだ。


 そして久しぶりに清花と会えたがもうおすわりなんかが出来るようになっていた。


「あー」


 俺に手を伸ばしてくる清花は可愛い。


「おー清花も元気そうで何よりだ」


 清花を抱き上げると妙が声をかけてきた。


「今回は吉原が一番になったそうでおめでとうございます」


「ああ、妙も体調悪くしていたりしてないか?」


「はい、私は大丈夫ですよ」


「そうかそうか、それはなによりだ。

 見世の方も時に問題はないよな」


 妙が頷く。


「はい、特に問題になることはありませんでしたよ」


「俺がいなくても見世が回るのはいいことだ」


 妙が首を傾げる。


「いいことでしょうか?」


 俺はうなずく。


「誰かがいないと見世が完全に回らないようじゃやっぱ困るんだよな。

 これからは季節ごとに見世を離れたりすることもあるかもしれないし」


「そうなのですか?」


「ああ、そうなんだ」


「私も一緒に行きたいですけど……」


「うーん、気持ちはわかるんだけど清花の面倒とかもあるしな」


「そうですよね……」


 妙とか母さんとか清花とか見世のみんなで旅してみたいと思わないことはないけど、この時代の旅行は時間がかかりすぎるからなぁ……。


「とりあえず少し考えてみよう、京は難しくてももっと近い場所とかなら無理ってことはないと思うしな」


「ありがとうございます」


「いやいや、親睦を深めたりするのも大事だしな」


 なんだかんだで見世全部休みも結構やってるし無理ってことはないがこの時代は理由もなしに旅は出来ない。


 商用だとか病気の治療の湯治だとか、寺社の参詣だとか訴訟沙汰などの理由がないと通行手形はもらえないのであるが逆にそういった理由があれば物見遊山の旅へと出かけることは出来るのだ。


 伊勢詣や熊野詣、高野詣は流石に遠すぎて難しいけどな。


「江ノ島の弁才天参りはどうかな?」


「はい、とても良いです」


 この時代では江ノ島の江島明神の弁才天詣ではかなり普通に行われており、安産、学業成就、家内安全・歌舞音曲の上達を祈る旅芸人たちに人気がある。


 信仰目的半分、観光旅行目的半分の江の島詣で行うのはちょっとした流行だ。


 当然基本は自分の足で歩くのだが足が弱いものでも銭に余裕があれば口取りの付いた馬や牛の背中に乗せてもらったりもできる。


 当然ながら日帰りは無理で江の島にくわえて鎌倉の寺社なども詣でるなら3泊4日になるけどな。


 江戸を出て東海道を進み一日目は神奈川宿か程ヶ谷宿で一泊し、翌日藤沢宿から江の島に向かって江島明神社を参詣した後、鎌倉に向かい、鎌倉の手前で宿泊し、夜が明けたら鶴岡八幡宮を参詣した後に金沢八景で周辺の寺社へ参詣し川崎宿に宿を取って最後に川崎大師を参詣して江戸へ帰るのが一般的な旅路だな。


「あまり寒くならないうちに行きたいな」


「はい」


 うん、真面目に計画してみようか。


 弁天様もきっと喜ぶだろうし。

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