さて島原との決戦だ

 さて、伊勢の遊女は大阪の遊女に比べればだいぶ手ごわかったが何とか勝った。


「甘くみていたつもりはなかったが、結構やばかったな。

 勝ってよかったぜ」


 それに対して藤乃は苦笑いしていたが。


「そのわりにはわっちの出番がないんでやすが」


「ま、まあ、勝って出番が無いならいいことじゃねえか。

 あっちは負けて出番が無いんだぞ」


「そうでやすけどな」


 一方伊勢の遊女に負けた総角は落ち込んでいる。


「わっちだけまけてすんまへん」


「いやいや、そんな気にすることはないぜ。

 勝敗は時の運もあるからな」


 だからといってチームで負けたら困るけどな。


 対局が終わると今日の対局は終わりで残りの時間は街の散策に当てられた。


「俺が吉原を見て回ったように、お前も島原を見て回っていくといいさ」


「ああ、そりゃたしかにな」


 なんだかんだで俺が目指しているのは俺の中の理想の島原遊郭ではあるんだ。


 その敷居の高さや一見さんお断りのようなやり方は客や遊女の質を維持するためにはやはり有用なのは事実だとは思う、ただし発展は阻害させる可能性が高いのも事実なんだが。


「それにしても島原は花屋や香の店、掛け物などを扱ってる店が多いな」


「床の間に飾る物をこまめに変えるのは重要だからな」


「なるほどな」


 和室の床の間は、その部屋の主の教養や財力を示す場所でもあるから大見世の太夫などは当然そこの維持にも金をかけなければならない。


 そしてそこに飾れれているものは、客に対するメッセージでもあるわけで、やはりそういったことの本場は京であるのだなとはおもう。


 気の利いた客ならば床の間の書画やいけられた花、たかれた香が話のきっかけになったりもする。


 まあ客のほうが気がつくかどうかはまた別の問題だし小見世や切見世ではそこまで配慮するほどの教養を持ってる客も少ないけどな。


 江戸の吉原や大阪の新町が太夫が減っていって教養の必要のない遊女が増えていくのと反対に島原は太夫は増えるがその下の遊女が減っていくというのも客層の違いもあるんだろう。


「なるほどな、あくまでも島原は教養人のための花街ってことか」


 林家は頷く。


「そうだ、基本的には公家などの暇つぶしや接待の場所だからな。

 吉原は訪れるものを制限しない方向で街を作っているようだが島原には島原のやり方がある」


「まあ、それは一概に否定はしねえよ。

 ただ、それじゃあ養える遊女は少なくなっていくいっぽいじゃねえかと思うけどな」


「それは仕方あるまい。

 芸事や教養の質を維持できねば意味はない」


「そのあたりは考え方の違いだな。

 太夫にそれを求めるのは当然だが」


「そうかもしれんな」


 まあ、島原の太夫が尊敬を受け続けることが出来た理由もわかるがあんまり狭き門なのは俺は好かんな。


 そして翌日、京の島原と江戸の吉原との碁の対局になった。


 主催で場所を提供している島原が上座なのはしょうがねえ……。


 そして対局が始まった。


 総角は古市の先鋒と対面してるが昨日とはうって変わって厳しい表情だ。


「お願いします」


「お願いします」


 島原のニギリで黒と白を決定し、江戸が黒、島原が白となって、黒から先に打ち始める、やはりお互い手堅く定石に沿ってパチリパチリと碁石が置かれていく。


「ふむ」


「むむ」


 実力が拮抗していると序盤はともかく中盤になれば結構な長考になるのは江戸時代には持ち時間という考え方がなく、時間を測る道具も香くらいしかないから仕方ない。


 そしてどちらも自分と見世と師匠の名誉がかかっているからな。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 結果としては総角が負けた。


「惜しかったな」


「……」


 昨日に続いての連敗に肩を落とす総角だがしょうがない。


「勝山たのむぞ……」


「あい、わかってやすよ」


 勝山に代わって次の対局が始まった。


「お願いします」


「お願いします」


 勝負は僅差だったが勝山が勝った。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 ふう、連敗しなくてよかったぜ。


「よーし、花紫頑張ってこいよ」


「あい、がんばってきやすよ」


 そして中堅戦が始まった。


「お願いします」


「お願いします」


 中堅戦も続いて勝つかと思いきや最終的には花紫が負けた。


「ありません」


「ありがとうございました」


 これで1勝2敗か。


「むむ、やばいな、負けが先行してるか」


 そして高尾の出番だ。


「こりゃあ、どう有っても負けられまへん」


「頼むぞ、高尾」


 そして続く副将戦 


「お願いします」


「お願いします」


 高尾の表情は厳しかったが何とかかった。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 こうして勝負は大将戦に持ち越された。


「藤乃まけるなよ」


「あい、半年前のわっちとは違うのを見せてやす」


 島原の大将は当然吉野太夫だ。


「お願いします」


「お願いします」


 前回吉原の室内遊技場で対局した時はあっさりやられたが、その後藤乃は本因坊の指導を受けて来た、


「ほほう、少しはやるようになったみたいじゃないか」


 林家も少しは感心してるようだ。


「そりゃ、江戸一の碁打ちに師事して鍛えてもらったからな」


「碁打本因坊か、だが囲碁の本場はこっちだ。

 江戸に下向した碁打ちがその技量を保ててるかだな」


 やはり中盤に及ぶと双方が長考に及び結果日が暮れてしまった。


「続きは翌日にしようか」


「そうだな」


 まあこの時代に限らず名人クラスだと以後の対局は二日がかりなんてのも珍しくはないわけだが。


 とは言っても遊女の場合は遊郭の客相手に遊びの囲碁で無駄に長考して後は翌日なんてことは許されるわけでもないからそこまでは長くならなかったんだけどな。


 そして翌日、中断されていた対局の続きになった。


「……」


「……」


 お互いに相手の手をずっと先読みしているのだろうがある一手で吉野太夫に動揺があったようだ。


「………までですね」


 そして吉野太夫が負けを認めた。


「ありがとうござんした」


 ふ、何とか囲碁勝負では雪辱を晴らすことができたようだ。


「まさか俺の吉野に勝つやつがいるとはな」


「士別れて三日なれば刮目して相待すべしってな。

 それだけ藤乃が努力してきたことは認めてやってくれ」


「ああ、江戸に下ったとは言え本因坊の腕は落ちてなかったようだ」


「素直じゃねえな」


 ともかく藤乃は吉野太夫に雪辱を果たして五大遊郭の囲碁勝負は吉原の優勝で終わったのだ。

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