伊勢の古市遊郭はかなり手ごわかったぜ

 さて、五大遊郭の囲碁大会が始まり初戦は江戸と伊勢が勝利し、大阪と長崎が敗北した。


 大阪の新町遊廓の連中はとっとと帰って行っちまったが長崎の丸山遊郭の連中は残って結果を見ていくそうだ、丸山の総名主は言う。


「結果は結果として受け入れざるを得ませんが、次回の参考にしたいですからな」


 俺はその言葉に少し感心した。


「なるほど、お前さんは大阪の惣名主とは違うみたいだな」


 そして彼は飄々と言葉を続ける。


「どこかの誰かさんのせいで出島が移転してしまって今後は苦しくなりそうですのでね」


 誰かさんというのは俺か?


「あー、そりゃすまん、そんなに落ちる金は減ってるのか?」


「いや、今のところはそれほどでもないですが」


「おいおい」


「ですが、安心はできないということですよ。

 長崎は大したことないと思われては困りますのでね」


「まあ、そりゃそうだな」


 それぞれの対局の棋譜もつけられているからそれで研究も出来るだろうがやはり実際に対戦しているところを見ていきたいらしい。


「うちも高名な碁打ちの先生を抱えて指導してもらったほうが良さそうですし、優勝したところに紹介してもらおうかと思っていますしね」


 そんなことを話していると林家が割り込んできた。


「なるほど、ではその準備はしておかないといけませんな」


 それに対して俺たちは反論する。


「おいおい、まだ京が一番と決まったわけじゃなかろう」


「そうですとも」


 林家はしらっと話を切り替えた。


「ははは、まあ本日の対局を見たところでは我が島原の勝利は揺るぎないと思いますがね。

 それはともかく、今日はゆっくりして行かれるがいいでしょう。

 揚屋の部屋をつかってください」


 俺はその申し出をありがたく受けることにする。


「そいつはありがたい、じゃあゆっくりさせてもらうことにするぜ」


 江戸時代初期の島原はその最盛期でも有ってその置屋も派手さはないが豪奢な造りになっている。


 島原遊郭は元禄には最盛期を迎えるがそれ以降は祇園に客を取られていき、太夫は増えるがその下の天神・鹿恋・端は大幅に減っていくことになる。


 それが故に島原は太夫の質を保持することが出来たのでも有った。


「やっぱ島原のいいところは見習うべきだな」


 藤乃もうなずく。


「そうですな、建物の作りも色々趣向が凝らされておりんすし」


 島原を利用するのは宮家や公家を筆頭に歌舞音曲に通じた教養を持つものが多いから、建物の作りもそういったものたちに相応しい建て方をされている。


 こう言っては何だが吉原にはそういった要素はあんまりない。


 なにせ超短期工事でつくられれるからな。


「吉原の揚屋ももう少し雰囲気にこだわったほうがいいかもな」


「ワッチもそう思いますえ」


 とは言え夕方に運ばれてきた飯は微妙だった。


 いや見た目は美しいしまずいわけではないのだが。


「うーん、豆腐や水菜は間違いなくうまいんだが……味がうすいよな」


「そうでやすな」


 京は海から遠いので魚の種類は少ないが鮎などは割りと新鮮なものが食える。


「ん、これはうまいな」


 京の料理の名物は豆腐と川魚と京野菜だが流石に良い腕の料理人を抱えているな。


 そして酒は間違いなく江戸よりは上。


「やっぱ地酒じゃ江戸は京にかてねえな……」


 これは水の良し悪しにおうところが大きいのだがサントリーが京都郊外の山崎に、日本初のモルトウイスキー蒸溜所を作ったのもここの水が一番良いと判断したからだな。


 隅田川の水で作ってもまあ勝てないよな。


「それはなんともくやしおすな」


 醤油や味噌・織物などはともかく酒に関しては江戸時代を通して上方の酒に勝てなかったわけだが、このあたりは水戸とか会津の酒をもっと仕入れるようにした方がいいかもな。


 そして翌日、伊勢と江戸の囲碁の対局になる。


 今日も伊勢が上座なんだがまあ、これはしょうがねえ……。


 そして対局が始まった。


 総角は古市の先鋒と対面してるが昨日とはうって変わって厳しい表情だ。


「お願いします」


「お願いします」


 伊勢のニギリで黒と白を決定し、江戸が白、伊勢が黒となって、黒から先に打ち始める、お互い定石に沿ってパチリパチリと碁石が置かれていく。


「むむむ……」


 どうも総角が劣勢っぽい、そしてとうとう手が止まった。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 先鋒は吉原の負けだった。


 舐めてたわけじゃないが伊勢の遊女は強い。


 そもそも遊女とは公家や僧侶などの遊び相手をつとめる女のことであって、囲碁やバックギャモンに近いすごろくなどの遊び相手をつとめるのも重要な役割で、そういった者の夜の相手をするだけではないが、伊勢は公許の遊郭ではないのに五大遊郭にはいるほどの勢いがあるし、古くから伊勢詣をするのは貴人が多かったわけだからな。


「先鋒は負けたか、勝山たのむぞ……」


「あい、わかってやす」


 とは言え勝山は湯女上がりだし大丈夫かな……。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 などと心配するのは無粋だったようだ、勝山は危なげなく勝った。


 もともと湯女時代にも旗本奴に人気が高かったが、その時に囲碁や将棋の相手などもしていたらしい。


「よーし、花紫、続いてくれよ」


「あい、がんばってきやすよ」


 そして中堅戦が始まった。


「お願いします」


「お願いします」


 中堅戦は実力も伯仲しててどちらが勝ちそうかなかなか見えてこなかったが最終的にはギリギリ花紫が勝った。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「ふー、いい勝負だったな」


「はい、ごく僅かの差で何とか勝ちました」


 そして前日は出番がなかった高尾の出番だ。


「こりゃあ、ワッチが負けたらなんといわるるか、負けられませんえ」


「お、気合が入ってるな」


 そして続く副将戦 


「お願いします」


「お願いします」


 次鋒戦と同じく副将戦も白熱した勝負だったがやはり高尾は強かった。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 こうして藤乃の出番はなく吉原は島原との対決の権利を勝ち取ったのだった。


「ワッチの出番がないのは……なんか複雑でやすな」


「ま、まあ吉原が勝ったんだしいいじゃねえか」


「そうでやすけど……」


 出番がなくても頑張れ藤乃。


 たぶん次は出番はあるぞ。

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