やっぱり利益至上主義というのは最終的にはろくでもないんじゃないかな

 さて、江戸の吉原と京の島原で日本の遊郭の頂上を争う予定だった。


 しかし、大坂の新町、長崎の丸山、伊勢の古市までそこに加わってくるとは思わなかったな。


 だが、これはいい機会でもあると思う。


「まあ、お前さんたちの言いたいこともわかる。

 が、まあ割り込んでくるのは感心しねえな」


 俺は割り込んできた連中にそう言ったが林家は面白そうだとでも思ってるのだろう。


「良いではないですか。

 とは言えいちいち全部の遊郭とやりあうのは時間がかかりすぎでしょうし、まずは江戸・大坂・伊勢・長崎の4つが2つに分かれて勝負をつけ、それぞれ勝ったものどうしがまた勝負し、その勝者と私が戦うということでどうでしょうか?。

 もっとも嫌というのでしたら勝負から外れていただくしかないですが」


 大坂の遊郭の男が不満そうにいう。


「おいおい、それはあんまり一方的じゃねえか?

 江戸のお前さんはそれでいいのかよ」


 それに対して俺は答える。


「ん、ああ、べつにいいんじゃねえか。

 相手が誰であろうと勝てる自信がなきゃここに来てねえしな」


 伊勢の遊郭の男がニヤニヤしながらいう。


「自信がなければ尻尾巻いて帰ればいい。

 俺は別にそれでかまわないぜ」


 長崎の遊郭の男も頷く。


「あまり長い間見世を空けるのもよろしくはないからな。

 俺もそれで構わん」


 大坂の男は微妙に不満げだったが周りの同意を得られないと見るや同意することにしたようだ。


「まあ、そういうなら俺もそれで構わないが……」


 そんなことをしている間に林家はくじを作っていたようだ。


「では、こちらにありますくじ4つを引いていただきましょう。

 白いものが2つ、黒いものが2つ、それぞれ同じ色のくじ同志で対局をしてもらいましょうか」


 俺はそれに頷く。


「ま、万が一くじに何かの細工があってもたいして意味はねえしいいんじゃねえか」


 俺の引いたくじは白。


「さて、どうでしょうね」


 伊勢の男が引いたくじは黒。


「じゃあ次は俺が」


 大坂の男が引いたくじは白。


「もう決まってますけど念のため」


 長崎の男が引いたくじは黒。


「江戸と大坂、伊勢と長崎の対局からですね」


 俺は大坂の遊郭代表の男に声をかけた。


「お前さんのところと対局するのは俺か。

 俺は吉原惣名主、三河屋の戒斗だ。

 お手柔らかに頼むぜ」


「おう、俺は新町惣名主、木村屋又次郎だ。

 ま、江戸の下らぬ連中が相手なら楽勝だな」


 下るとは上方つまり京や大坂などから江戸などの地方へ下向すること。


 逆に江戸から上方に向かうのは上京のお上りさんとなる。


 下らぬというのは地方からの生え抜きのことで、酒や味噌、醤油などの調味料や嗜好品、西陣織などの織物衣料や様々な文化まで上方は下方よりも優れていると言うのがこの時代での認識なのは確かだ。


 特に酒に関しては酒蔵の水質に問題があることで江戸の酒は上方の酒にずっと勝てないでいるのだな。


「さて、そうはいくかな?」


 俺達は移動することになった。


 対局の場所は林家の持つ揚屋の座敷。


 座敷でも大坂が上座になってるのがちとムカつくが実力でギャフンと言わしてやろう。


 それに大坂の遊女たちはなんか疲れた表情してるんだが……。


「大坂のお前さん遊女たちに無理に昼夜働かしてねえか?」


「ああん?そりゃそっちも同じだろう?」


「いやいや、俺んとこはちゃんと食わせてるしちゃんと寝かしてるぞ」


「なんでそんな無駄なことを?」


「無駄じゃねえってことは後の対局でわかるだろうさ」


 そして対局が始まった。


 総角は新町の先鋒と対面してるが涼しい顔だ。


 それに対して新町の太夫は疲れた顔をしている。


「お願いします」


「お願いします」


 大坂のニギリで黒と白を決定し、江戸が白、大坂が黒となって、黒から先に打ち始め、お互い定石に沿ってパチリパチリと碁石が置かれていく。


 江戸から歩いてきたと言っても総角には余裕があり新町の太夫には余裕がない。


 後の吉原の花魁には優れた容姿だけではなく教養も必要とされ囲碁も仕込まれたというが、豪商にとっては囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだとされ、商人自体が囲碁などを深く嗜むことはなかった。


 むろん豪商が碁打ちを招待して一局打たせたりはするわけだが、公家・僧侶や大名に比べればそこまで深くは関わることはなかった。


 商売人にはそこまで時間の余裕がないというのもあるかもしれないけどな。


 今や囲碁や将棋においては江戸は一大本流でもあるわけだ。


 しかも遊女の扱いにおいて吉原が失敗したことを大坂新町は同じように繰り返している。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 結局、新町遊廓に対して吉原の遊女は三タテで勝利した。


「ば、馬鹿な、下らぬ江戸の遊女なんぞにこんなはずが……」


 そんなことを言っている


「現実を見るんだな。

 遊女の体調を考えもせずに仕事させてから無理に歩かせてきたりしたんだろ。

 それじゃ万全な状態の俺たちに勝てるわけがねえ」


 木村屋又次郎は聞いてるのか聞いてないのか遊女たちに怒鳴っていた。


「おめえらのせいで恥をかいたじゃねえか。

 とっとと戻るぞ」


 とるものもとりあえず新町の連中は帰っていった。


 そして伊勢と長崎の対決は伊勢に軍配が上がったのだった。


 長崎も大坂などの豪商や中国商人が主な相手だったのに対して伊勢は公家や僧侶なども訪れていたからだろうか。


 次の相手は伊勢の古市遊郭だな。

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