小見世椿屋の支配人熊の墓参りと昔語り

 元三河屋の番頭で現在小見世椿屋の支配人となった熊は浄閑寺の先代三河屋楼主の墓前に来ていた。


 彼は墓をぐるっと見て回る。


「小五郎さん、久方ぶりだな。

 仏舎利塔ストゥーパもこんな立派になったなんてほんとあんたは幸せもんだ。

 西田屋の二代目なんかはまだ土饅頭だからな」


 立派な墓石を建てられた先代三河屋の楼主小五郎の墓はきれいに整備されている。


「吉原も移転して大分変わったよ。

 15年前の寛永のころには75人もいた太夫が今じゃたったの3人。

 格子太夫含めても25人だ。

 湯屋の湯女やそれを潰したあとの水茶屋の茶女の中見世が大手を振って客を引いてやがる」


 熊は酒を盃に入れて墓にかけた。


「あんたは大火で何もかも焼けちまって苦労して心労でぽっくりいっちまったな。

 そしてどこの見世もおんなじように苦しんださ。

 太夫をかかえるってのは金がかかるからな。

 そんでまだまだ若い坊っちゃんと竜胆の内儀さんだけ残されて見世の将来は大丈夫かと思ったが、今じゃその坊っちゃんが吉原の惣名主で吉原も随分変わっちまった。

 けどそりゃ悪いほうじゃねえ。

 俺が見世を任されるくらいだからな」


 しゃがんで線香に火をつけて供えつついう。


「香も昔は手が届かねえ高いもんだったけど、今じゃそれなりに手に入る用になるとはこれまた時代は変わったよ」


 さらに墓前に饅頭をそなえていう。


「いまじゃ吉原は遊女の遊女だけの街じゃなくなっちまった。

 竜胆の姉さんが育てた藤乃も今じゃ吉原一番の太夫だ。

 それと戒斗はどんな人間でも楽しめる街にしたいって言ってたぜ。

 だがいいことだと俺は思う。

 時代が変わればやり方も変わるもんだろうからな。

 だけども戒斗は京の島原のような太夫が誰からも尊敬される街にしたいだってよ。

 芸事や教養を大事にしていって吉原の太夫が江戸の男のあこがれであるようにってな。

 それに関しちゃあんたや俺が目指してたことと変わらねえ。

 初代の西田屋もそうだったと思うが」


 初代西田屋庄司甚右衛門は馬喰町の雲光院に葬られたが、明暦の大火で焼けて神田岩井町に移っている。


「だが西田屋の二代目は湯屋との客の取り合いも有って身上つぶしちまったけどな。

 とは言え三代目は戒斗と一緒に頑張ってるみてえだ。

 浅草田圃にうつったときにも吉原にいろいろ来たが千賀志摩守と一緒に来た尾張屋清十郎なんかは

 何を考えてるか微妙ではあるんだけどな。

 まあ、悪い方には行かねえんじゃねえか」


 やがて熊はゆっくりと立ち上がった。


「じゃあまた来るよ。

 これでも大分忙しいんでな。

 あんたはゆっくり休んで竜胆さんと戒斗達のやってることを応援してやってくれ」


 熊は手を合わせてから墓前から立ち去った。


 そしてその背中を故人は優しく見つめている、そんなふうに思えるのであった。

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