万治3年(1660年)
赤小本と定本の応募は千を超えたが、年も開けたしそろそろ真面目に選考作業に入ろうか
さて、師走は年末の忙しい状況では有ったが、その間もちまちまと応募に寄せられた赤小本や定本の選別は行っていた。
そして年が明けて年始のあいさつ回り、破産した商家や職人の娘の買い取り、七草粥を食べて胃を休め、鏡開きに蔵開きをこなってつつがなく新年を迎える。
そして本格的な選考作業にはいるわけだが……。
「うーん、定本はやっぱ面白いって言えるのは10冊に1冊くらいか」
一緒に読んでる皆もそう思ってるようだ。
「やはり書き慣れてる人とそうでない人の差はあるように思えますね」
妙がそういうと藤乃もうなずきながら言う。
「そうでんな。
面白そうな話だと書いてみんしても文字にするとそれを表すのは簡単じゃありませんえ」
いくら物語を書けると言ってもその中身が皆面白いわけではない。
しかし、大名家に嫁いだ公家の娘さんや僧侶、儒学者などが書いたものは教養が深いことも有ってそのレベルは概ね高い感じだな。
また、武家浪人などの作品も意外と多い、武家浪人は意外と暇が多いからなんだろうけど。
「基本は草双紙なんで公家とか僧侶とか儒学者、武家が大賞や特別賞を独占ってのはあんまりいただけねえんだがな……」
草と言うのは例えば草野球などと同じでプロではない一般の人間の行うものを言う。
江戸時代には平和になって識字率が高くなったと言っても商人や職人の男は仕事が忙しいし女も家事が大変だからやはりある程度余裕のあるものでないと物語をかくというのは難しいのかもしれないな。
定本つまり歌劇の脚本については公家の夫人が書いた話は宮廷恋愛的なものが多く、僧侶や儒学者が書いた話は仏教や儒教的な教訓を含んだものが多く、浪人の作品は軍記物が多いが、その中でも異様に美化された源頼光、源義経、楠木正成などを主人公にした話が多い。
「ま、これはこれで面白いけどな」
お前らは封神演義の登場人物かってくらい無双無敵なのはどうかと思わなくもないがこういうのは古今東西変わらないのだろう。
そして江戸時代でも小説家・脚本家と言うのは”好色一代男”の井原西鶴や”南総里見八犬伝”の曲亭馬琴など超有名な作家を除けば副業や内職レベルの金にしかならなかったようだがそれでも斎藤親盛(さいとうちかもり)のような浪人には大事な収入源だったようだ。
だが桃香や朝顔、芍薬といった禿達は赤小本をワクワクしながら本を読んでいるようだ。
「みんな面白いでやすよね」
「あい、これなんかとっても良いお話でやすよ」
禿たちが読んでるのは主に赤小本のほうだがこちらは21世紀の絵本でも多い、鼠や栗鼠、犬、猫、狐、狸、熊といった動物を擬人化した話や昔話を簡単にしたような話が多い。
出産ラッシュらしい親藩の奥向きから送られたものも多いがそれゆえに子どもたちにとって良いものであるようにと願いを込めて書かれているのだろうな。
まさに母は強しだ。
「こいつは大分悩むな」
定本は割りとレベル差が大きいが赤小本は中々秀逸な作品が多い。
これは早めに殿様たちにもみてもらって進めたほうが早そうだ。
藤乃を通して文を送り将軍様を含めた殿様たちに来てもらい赤小本の選考をしてもらうことにした。
将軍様が選んだのはやっぱり御台所様の書いたやつだった。
「うむ、竹千代もすくすく育っておってな。
近頃はハイハイもできるようになったのだぞ」
なんか子煩悩な親父さんって感じだな。
その他の殿様たちもやはり自分のところの奥向きから応募された赤小本の中から選んでるようだ。
「うむ、我が藩の本は……」
「いやいや、我が藩邸の奥向きの本こそ……」
ま、自分の藩邸から選ばないとメンツの問題もあるんだろう。
というわけで大奥や藩邸奥向きからの作品は殆ど消えたから残りから大賞などは選ぶわけだが。
「この”みんな笑顔”はいいな」
妙も頷く。
「はい、読んでると自分も明るい気持ちになりますよね」
話の内容は簡単だ、すごく楽しそうに笑ってる動物や鳥の絵と一緒に”○○にっこり”みたいに書かれている。
だがそれが皆とても楽しそうなのだ。
そして泣きそうになってる赤ちゃんに言い聞かせるんだな。
”みんなにっこり、あなたもにっこり”
教訓的なものは何もないけどそれが良いのだ。
笑顔と言うのはやはり良いものなのだと俺も再確認できた。
大賞を一発で決めるのは難しいけど選考通過は間違いなしだな。
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