林屋に吉原を案内してみせたぜ
さてさて、大晦日は一晩中賑やかに過ごしながら朝を迎えると年明けだな。
初日の出の朝日を浴びたらぐっすり寝るのは去年と同じ。
大晦日の日の出までは騒がしいが日が昇った後の江戸の街は静寂に包まれる。
皆が起きたら井戸から若水を汲んで、神棚の年神様へ若水と年末についた餅をお供えし、その若水の水や餅を使って雑煮を作るのだが、桜と清兵衛の店も軌道に乗ったようで何よりだ。
そして小袖を皆に与えて庭にしつらえたかまどで雑煮を作ってみんなで食べるのだ。
「うん、やはり美味いな」
「そうですなぁ」
そんなことをしていたら三河屋を訪ねてきた人物があった。
「よう、俺達も混ぜちゃくれないかい?」
島原遊郭の林与次兵衛と吉野太夫だ。
「ああ、俺は構わないがそもそもあんた京の街に戻らなくていいのかい?」
「大丈夫さ、江戸一の三河屋にすら俺達は勝ったという評判が伝わってから戻ったほうがいいからな」
「ち、今年は負けねえから覚えてろよ」
俺は雑煮を林与次兵衛と吉野太夫によそってやる。
「ほう、江戸では黒い汁に黒い四角い焼き餅なのか」
「ん?ああ、そうか京じゃ白味噌に白い丸餅なんだっけ」
「そうだよ、ふむこれはこれで出汁がきいていてうまいものだな。
しかし昆布でも椎茸でもないようだが……」
「イリコだよ、干鰯の頭を取って、身を開いて中のワタを取り除いたものを水に漬けて一晩おいたやつさ。
煮出すよりも雑味が少ないのがいいんだよ。
あとはしょうゆに塩と酒」
「なるほどね、京では年神様は生臭い匂いを嫌うのでお雑煮は魚で出汁はとらないのだが
江戸では違うのだな」
「江戸の魚は新鮮だからな。
山奥の京の都とは違うってことさ」
「ふむ、まあそのあたりは考えの違いではあろうな」
そう言いながら美味そうに食べてる林与次兵衛。
「まあ、これはこれで悪くはない」
「素直にうまいって言えばいいのによ」
椎茸に江戸菜・海老・頭芋・大根・ゆず皮が入ったすまし汁は中々にうまい。
「それでだが三河屋に吉原を案内してもらいたいと思うのだがどうだろうか?」
「ん、それはかまわないぜ」
「できれば藤乃太夫にも来ていただきたいのだがどうだろう」
「わっちは構いませんえ」
というわけで俺は藤乃と一緒に林与次兵衛と吉野太夫を連れて吉原を案内することになった。
「しかしここは面白い場所だな。
島原のような芸の花街とも大阪新町のような春を売るのが主な街でも丸山のような珍しい食べ物を食べさせる街でもない。
例えて言うのなら島原と新町と丸山をあわせた上に女子供も入れる要素もある不思議な場所だ」
林与次兵衛がそういうのに俺は頷いた。
「ああ、俺が目標としていたのはあんた達島原の太夫のように尊敬され憧れの対象になる芸や教養の備わった遊女の街へ吉原を戻すことではあったんだが、湯女や茶屋の女を引き受けた以上はそういった女たちもちゃんと食えるようにしないといけないしな」
「ふむ、その分中途半端になっているように俺は思うぞ。
芸事や教養を極めるというのはそう簡単なことではない。
ならば不向きなものまで留めれば質が下がるのは当然であろう。
最もどこの田舎侍ともしれぬ徳川などに雅を理解しろというのが無理かもしれぬがな」
「おいおい、大きい声でそんなことを言うもんじゃないぜ。
それに島原と違ってここは雅な連中だけを相手する場所じゃないしな」
「ふん、そんなことではいつまでたっても俺たちに追いつくことはできないと思うがね。
まあ、お前さんが商売人としては俺より金を稼いでいるだろうし従えてる女も多いのは認めるがそのぶん芸事教養の質を高めるための時間があるようには見えない」
「なんだと?!」
「ふむ、では藤乃太夫と俺の吉野で囲碁の勝負でもしてみるか?」
「おう、やろうじゃねえか」
俺達は吉原室内遊技場へ向かったのだった。
そして囲碁の対局の結果だが。
「………までですね」
藤乃が負けた。
「ありがとうござんした」
吉野太夫も
「だから言ったろう?
吉野は誰よりも才がある上に日々の努力も怠っていない。
京一の太夫であり続けるためにね。
それは太夫同士だけではなく郭の中でも常に競い合い才のないものは脱落していく厳しい世界だからだよ」
「だからといって俺はあんたと同じことをするつもりはない。
家のために売られた者を見捨てるようなことはしたくないしな」
「そのあたりにすでに差があるわけだよ」
「なるほど島原という場所は技芸の家元に近いのだな」
「そうとも言えるな」
「それは敷居の高さに繋がらねえか?」
「それのどこが悪いのかね?」
「客を増やすことができなくなっていくように俺には思うがね」
俺がそういうと林与次兵衛がふっと笑った。
「当然だ、島原の客には相応のもの以外入れるつもりはない」
「うーん、それだと結局自分たちが困るんじゃねえのかな?
まあいいや、他にも案内したい場所があるんで行こうぜ」
「うむ、では行くとしようか」
俺が案内したのは美人楼だ。
「ふむ、江戸に京が及ばぬものがあったな。
風呂はたしかに江戸のほうが素晴らしい」
林与次兵衛が湯船に入りながら気持ちよさげにしている。
「京には風呂屋はないのかい?」
「ああ、残念ながら。
風呂に入ると湯気から穢がはいると言われているからな」
「ああ、そうか公家の間じゃそういう認識なのか」
「京は江戸ほど埃っぽいわけでもないというのもあるがね」
「まあ、そうなんだろうな」
一方の吉野太夫と藤乃も風呂を満喫していた。
「江戸では毎日こうやって湯船に浸かることができるのは羨ましいでやすな」
「そうでやすな、これは戒斗坊っちゃんがわっちらのためにつくってくれたものでやすけど髪洗いや化粧水やら色々してもらってやすよ」
「それは羨ましいでやすな」
「あんはんは大変でやすなぁ。
京一番の看板は重いですやろ?」
「吉野の名を汚すわけにはいかへんから……な」
「その気持はわかりやすよ」
そして美人楼で髪を洗い化粧をし直した吉野太夫はより美しく見えたそうだ。
「まあ、江戸の遊郭のやり方ってのも面白いかもしれねえが。
日本一の座は島原で決まりだな」
林与次兵衛がそう言って笑う。
「何を以て日本一というかってのはあるが吉野太夫がすげえ奴だってのはよくわかったよ。
夏にでも島原と吉原対抗での囲碁大会でも開かねえかい?」
「おう、そりゃいいな。
まあ、うちの勝ちは決まったようなもんだが」
「おいおい、そう簡単に行くように思われちゃ困るぜ」
そんな感じで吉原を引っ掻き回していった後、連中は京へ帰っていったのだった。
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