草双紙茶屋とふれあい犬猫喫茶を作るとしようか

 さてさて、俺が行っている赤小本や定本の大賞募集などの影響なのか江戸では挿絵付きの草双紙の発行数も増えてもだいぶ身近なものになってきた。


 しかしながらこの時代の本は高い。


 俺も美人楼の一部で吉原細見のような本を出版しつつ売ってるがこの時代は全て手作りだ。


 だから本を一冊作るのにも手間がかかるのでその分高価になってしまう。


 戦国時代に長崎より活版印刷技術が入ってきたこともあって江戸時代前期には木版印刷の技術は十分に江戸でも普及して居るから商業出版は本格的にスタートしている。


 ただアルファベットを組み合わせれば良いオランダ語と違ってカナと漢字を組み合わせると数が多すぎる日本語をもちいた日本では活版はあまり発展せず木版のほうが主流となった。


 そして江戸時代は「千部振舞せんぶぶるまい」といわれ本は1000部うれれば大ヒットの部類だったりする。


 この時代においての1000部は21世紀だと百万部のミリオンセラーから10万部のベストセラーくらいに当たるとは思うけどな。


 江戸時代だと最初に印刷するのは50部ぐらいだから21世紀だと5000部ぐらいだと思うんだけど。


 そうなると版元の本屋は総出で氏神さまへのお参りに行ったくらいなのだ。


 で、江戸時代は浮世絵一枚が32文の時代だが本は高い。


 そして本の内容で問屋も大きくは2つに別れる。


 仏教経典や儒学教本、和漢の医学書、古事記や日本書紀のような歴史書など専門的書物を扱う書物問屋と草双紙や細見、長唄、浄瑠璃、歌舞伎などの音曲類の正本を扱う地本問屋だ。


 そしてまだ地本問屋の扱うものは安いほうだ。


「名無しの新刊本」で銅銭300文(おおよそ7500円)

「好色一代男のような人気の有名な本」で銀二五匁(おおよそ5万円)

「宇治拾遺活字」銀九○匁(おおよそ18万円)

「平家物語抄」 三両二分(おおよそ35万円)


 程度だが、書物問屋の扱う専門的な書物になるとさらに高くなる。


「源氏物語全巻」二十両(おおよそ200万円)

「大般若経」三十両(おおよそ300万円)


 もっとも太夫にとっては源氏物語のような古典は必須教養だから当然大見世はこういった本を全巻全て所持している。


 だからそういった本が、火事で燃えてしまうと当然買い直しをしなければならない、だからなるべく火事を起こさないようにしていたわけさ。


 あと源氏物語や平家物語は長すぎるのでさすがに原文で全巻読破というのは一般庶民には敷居が高いので、地本問屋で扱うものは大雑把に切り取ったダイジェスト版も多いし、更に子供向けに脚色して挿絵をつけた絵本のようなものもあるけどな。


「それでもまだまだ高すぎなんだよな」


「そうですね」


 妙も将来遊女見習いの禿に教養を教える側だから今は教養を身に着けているところだが源氏物語の値段を聞いてびっくりしていた。


 そして本を買えば一万円近くが飛んで行くので江戸時代では貸本屋が多かったし、実際昭和30年代位までは貸本屋は全国至る所に有った。


 しかし、公立の図書館が整備されマンガの価格が安価になってくると貸本屋はほとんど廃業してしまったけどな。


 しかし、21世紀になると漫画喫茶やレンタルDVDでのマンガのレンタルが復活するのだから不思議なものではある。


 もっとも本を買い集めるとその保管にはかなりスペースが必要になってくるからそういったスペースを取れなくなってきているのかもしれないが。


 そして江戸時代の貸本屋だがシステム的には21世紀のレンタルDVD屋の貸本とほぼ同じで、本を借りる日数により借りるための値段が決まるし、貸出期限までに返さなければ延滞料も発生する。


 本の紛失やページの破損があれば弁償もしなければならないのは21世紀と同じ。


 そして江戸時代は犯罪を起こすと長屋などでの連帯責任になるからよほどのことでない限りは借りパクとかはできないし、この時代の窃盗は百叩きの上に犯罪歴がわかるように耳削ぎ鼻削ぎの重罪で盗んだ物の価値が10両以上であれば死罪だからよほどのことがない限りは盗みはやらない。


 盗みは割に合わないのだ。


「となると本を手軽に読める座敷やそこの本を借りれる施設が有ったほうがいいのかな?」


 俺の言葉に妙が頷く。


「そういうものがあれば助かると思いますよ」


 俺は頷いてから話題を変える。


「後もう一つ犬猫屋敷の猫をどうにかしてやりたいな」


「そうですね」


 犬猫屋敷に引き取っている野良犬や野良猫たちだが、比較的大型の犬は色々躾をして盲導犬や介助犬として活躍できるようになったので引き取り手もそこそこいるのだが、小型犬や猫はあまり引き取り手がいない。


「特に猫は犬みたいに躾をしてと言うのは難しいもんな」


「自由気ままですからね」


 だからといってずっと犬猫屋敷で預かるわけにも行かない。


 どうにかして貰い手を見つけないといけないよな。


「花鳥喫茶とは別に引き取り手のない犬猫を触ったり鑑賞したりしてもっと身近に感じてもらえるような茶屋をまた作るか。

 気に入ってもらえたら安く譲れるようにして」


「それは良い考えだと思います」


 そうなれば善は急げだ、いつものように銀兵衛親方に頼んで茶屋を作ってもらうことにする。


「親方、美人楼の脇に本棚をおいてその本を読める座敷と受付付きの建物を一つ。

 それとは別に花鳥茶屋のとなりに犬や猫を部屋の中で放してそれと触れ合える

 茶屋を一つそれぞれ建ててもらいたいがいいかな?」


 漫画喫茶のような図書館は一般的な草双紙などを置く一般書架とその奥にある高価な専門書を置く専門書架に分けて、一般書架からは自宅への持ち出し貸出も大丈夫だが専門書の持ち出しは禁止としておく。


「ん、今は仕事も暇なんでいいぜ」


「助かるぜ、よろしく頼むな」


「ああ、任せておいてくれ」


 こうして新たな施設を俺は作ることにした。


 そして貸本屋兼図書館の本棚に入れるための本を自分のところで作れるものは作り、よその本屋のものは買い集めた、犬猫喫茶は最初が肝心だからなるべく人懐こそうな猫を優先して選ぶことにした。


 二十日ほどして建物が無事完成。


「いつも助かるぜ」


「なにこっちも仕事が回ってくるのはありがたいぜ」


 江戸の街では5歳以上になると手習いに10歳以上では多くは丁稚奉公に出てしまうので対象となるのはそれより小さい子供か余裕が出てきた成人済みの男女が多くなる。


 なので成人男性男向けには太平記のような軍記物、吉原では暇をしている遊女もそれなりに多いので成人女性には源氏物語抄のような女性向けの本を、そして小さい子供と一緒に読める子供向けの赤本も置いてみた。


 そうしたらやはり小見世や切見世の遊女や浅草の観音詣での家族などそこまで裕福でない者が結構入るようになった。


「お母さんごほん読んでー」


「はいはい」


 入館料は16文でお茶代や団子などの食べ物は別途料金。


 5歳以下の子供の入館料は無料で、本を借りて持ち出す場合は本一巻につき24文で貸出期間は10日。


 それでも十分に利益は出ると思う。


 値段的には行商の貸本屋と同じ値段だしな。


 お経や学術書のたぐいは外への持ち出し禁止な代わりに紙をちょっと高めに販売し、筆と墨をちょっと高めにレンタルしての書き写しは大丈夫だとした、いや別にそれらの持ち込みは禁止してないけどな。


 書き写しに関しては図書館での有料コピーサービスみたいなもんだ。


「猫ちゃんおいでー」


「あらこっちの子犬のほうが可愛いわよ」


 犬猫茶屋の方も中々に盛況だ。


 こちらも入館料は16文でお茶代や団子などの食べ物は別途料金。


 犬や猫用の餌の煮干しなども別途料金だけど案外それを買って嬉しそうに食べさせてる奴は多い。


 とは言え食べさせ過ぎは困るから場合によっては餌の販売は断らせてるけど。


「ほーら猫ちゃんごはんだよー」


 そして、犬や猫の引き取り手もちょこちょこ現れたから犬や猫に食わせるものなどをちゃんと教えて引き取ってもらうことにした。


 犬はまだしも猫に米の飯は駄目だからな。


 こっちは余裕のある大見世や中見世の売れっ子の遊女が多いようだ。


「やれやれ、小型の犬や猫の引き取り手が見つかってよかったぜ」


「ちゃんとかわいがってくれると良いのですけど」


「そうだな、それはそうなることを祈るしかないな」


 引き取られていった犬や猫が皆、飼い主からちゃんとかわいがってもらえるといいのだが、せめて飽きたなどと言ってあっさり捨てられないことを祈ろう。

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