来年からアラビア数字をもちいた複式簿記を導入するか
さて、色々俺は手広くやってるわけだが、こういう状態になると単式簿記では財政状況が非常にわかりづらくなる。
簡単に言えば単式簿記では手元に現金がいくらあるかしかわからないからだな。
だから見世の現金や遊女の借金の額などだけを扱っている場合はいいが、土地や建物や設備を購入したり借金をしたり売掛のようなすぐに現金収入にならない場合は現金が増えた減ったと単純には考えられなくなるからだ。
単式の簿記の場合は単純な金銭などの残高を確認するのにはわかりやすくていいのだが金の出入り元や先がわかりづらいのが欠点だ。
「あと漢数字はわかりにくいしアラビア数字とゼロの概念を取り入れようか、五線譜なんかも導入してるから そろそろ取り入れてもキリシタンだといわれないと思うし」
江戸時代の漢数字や和算にはゼロという概念はない。
五足す五は十であって5+5=10ではないのだ。
だから算盤も大玉2つに小玉が5つという構成なのだな。
数字が小さい時はいいが例えば百二十五引く七十五は五十とかになってくるとめんどくさいし、掛け算や割り算になればもっとめんどくさい。
これは利息計算をするのが大変だってことだ。
しかも、江戸時代は単位が尺貫法だったり金銀銅貨の交換比率も一定でなかったりするからさらにややこしい。
しかも金1両は銀50匁=銭4貫文(4000文)でこれが支払いで合わさって来ると本当に面倒なのはわかってもらえると思う。
21世紀で言うなら支払いが日本円と米ドルが同時に市場で流通しているようなものだと思ってもらえばいいか?
その点アラビア数字の桁の繰り上がり繰り下がりというのはとてもわかり易いのだな。
通貨の交換レートが微妙に変わるのは市場原理なので俺にはどうしょうもないけど。
もちろんそういった価値に関しての変動の差分を利用して両替で儲けることは出来るがそれが21世紀のFXのような博打であるのと代わりはない、得するやつもいれば損するやつもいる。
米の先物取引もあるしな、意外と江戸時代は金融取引に関しては進んでいたりするのだ。
というわけで俺は熊や西田屋の三代目、妙や竜胆などの俺のグループ店舗の幹部で会計に関係するやつを集めてアラビア数字とゼロの概念と簿記の付け方を教えることにする。
基本的に単式簿記は取引内容を1つの項目にして出入りを左右に分けて現在の残りを記録するものだな。
例えば多いのは現金の出入りだけを表す方法。
21世紀の一般的な家計簿や小遣い帳、銀行の預金通帳などが簡易簿記だな。
遊女の借金管理なんかもこれで別に構わない。
しかし会社を運営する場合は複式でないと会社の状態をはっきりさせられない場合もある。
例えば特定の土地を入手した場合
土地代 10,000円 現金 10,000円
となるこの場合現金を失なったが資産として土地を手に入れているから現金は減ったが資本は変わらない(ただし土地の値段が上がったり下がったりすることでその価値は上下するが)。
親方の工賃 10,000円 現金 10,000円
となる人件費の場合は簿記上では資産として何かを得たわけではないから純粋に費用だ。
もっとも高い技術を持った有能な人材というのは利益を生み出す最高の資産ではあるんだが。
このように複式簿記の場合は資産、負債、収益、費用、資本の5つで成り立っているが、企業の資本というのは現金だけで成り立っているわけではなく土地や建物や設備、証券などをすべて含めた物なのだ。
ま、うちの場合は売掛金はなくいつもニコニコ現金払いだし金も借りてないのでなので負債はないんだが、結局無借金経営が一番だからな。
そしてグループ全体の資本がどうなっているかを全て把握するのは別に今は俺だけでいいんだけどな。
ただ、幹部として俺を運営的に補佐してもらうためにはそれがわかるようになってもらわないと困るのだ。
「というわけで記帳するときの仕訳のやり方だが以下の8つに別れる。
資産が増えたときは借方(左側)に記入
資産が減ったときは貸方(右側)に記入
負債が増えたときは貸方(右側)に記入
負債が減ったときは借方(左側)に記入
資本が増えたときは貸方(右側)に記入
資本が減ったときは借方(左側)に記入
費用が生じたときは借方(左側)に記入
収益が生じたときは貸方(右側)に記入
そして「身請け金」と「現金」というように
複数の科目で記帳するんだがわかるか?」
しかしみんなちんぷんかんぷんという表情だ。
流石に一度説明しただけではわからないらしい。
「一度説明しただけじゃわからないよな。
まあいい、とりあえずは皆洋数字の書き方について覚えてくれ。
慣れればこっちのほうがわかりやすくなるはずだ」
熊が頷く。
「へえ、わかりやした。
来年からはこれで書いていくんですな」
俺は頷く。
「ああ、切りのいいところで帳簿を切り替えたいんでな」
妙や竜胆も頷いた。
「確かにわかりやすい気はしますね。
三味線などの楽器の楽譜を南蛮式に替えたときも最初は覚えることが多くて大変でしたけど
覚えてしまえばわかりやすくなりましたし」
「なるほど、そう言われればそうでやすな」
そして西田屋が聞いてくる。
「遊女の借金の管理もこれに変えていくんですか」
俺は頷く。
「できればそうしていってくれ。
最初から書き直すのは大変だろうから帳簿を切り替える時にやるだけでいいけどな。
ああ、あと和紙と筆だと大変なんで来年からは出島で買った洋式の鉛筆と紙に切り替えるぞ」
西田屋は頷く。
「分かりました、そうしていきましょう」
俺も工場とかの帳簿を細かく作り直さんとな……。
大変だがどっかでやればその後が楽になるはずだし思われてるほど複式簿記は難しくもないしなんとかなるだろう。
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