入谷の鬼子母神で安産祈願の祈祷をしてもらおう

 さて妙の懐妊や上様の世継ぎの誕生でばたばたしていたが季節行事の9月9日の重陽ちょうようの菊の節句も過ぎてだいぶ寒くなり皆が着るものもひとえからあわせに替わった。


 その際には前回の衣替えのときと同じように花嫁修業として皆に自分の衣装の針縫いをさせたりもした。


 なんだかんだで皆ちょこちょこ練習もしているのかちゃんとキレイに縫えるようになっているのは感心したぜ。


「うん、みんな針ぬいも随分上手になったな」


 ほほほと笑いながら藤乃が言う。


「これくらい綺麗に出来るようにならんと太夫は務まりませんえ」


「そりゃそうか」


 なにせ太夫には様々な教養や芸事を早く習得できる能力が必要とされているからな。


 一芸を極めれば多芸に通じるのも手先の器用さが必要なことを十分に行えるならその応用もできて当然ということなのだろう。


 そして9月15日の神田祭りにも山王祭りと同じように山車を引っさげて参加したぞ。


 そして妙の腹も少しずつ大きくなって来ている。


「そろそろ帯祝いをしないとな」


 妙は頷く。


「そうですね、そろそろですね」


 妊娠5ヶ月に入ったら、戌の日に安産祈願をし、腹帯を付けはじめるという習慣が日本にはある。


 この腹帯という習慣は元は皇室の行事なのだが珍しく日本独自のもので、中国からはいってきたものではない。


 もともとは神宮皇后こと息長帯日売命おきながたらしひめのみことが夫の仲哀天皇が香椎宮にて急死した後に熊襲や朝鮮半島の三韓の征伐を行った際にすでに子供を宿していたのだがお腹に月延石や鎮懐石と呼ばれる石を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたその後に無事日本へ帰ってきて安産で出産をしたためその後皇室では、腹帯をつけるようになり平安時代には腹帯は貴族の姫たちもつけるようになり、室町時代に武家に広がって、江戸時代になると庶民にも広がったというのはいつものパターンだな。


 彼女は武家社会の神である八幡神こと応神天皇の母にあたる神でもあるため、八幡神社も安産祈願をおこなっていたりする。


 そしてこの腹帯には実際に冷えの防止、お腹が出てきた時に崩れやすい正しい姿勢を保つ、出産後の妊娠線の予防などの効果もある、尤もあまりきつくしめすぎるのは逆効果ではあるのだがな。

 

 そして戌の日に行うのは犬は多産で安産であるとともに、狛犬のように犬は悪霊からお腹の中の子供を守るという理由もあるので戌の日に神社に安産祈願に行くのだな。


「さて、どこに行くのがいいかな?」


「そうですね、あまり遠い場所は大変ですね」


「だとしたならるべく近くて安産に関わりが深い場所だな。


 安産といえば子安神社だが、八王子は江戸からはちょっと遠すぎる。


 賢い人間に育ってもらいたいなら天神、強く育ってもらいたいなら八幡様もありなんだが、ここは鬼子母神にお願いしようかと思う。


「入谷の鬼子母神堂なんかどうだ?」


「それなら近くて良いですね」


「なら決まりだな」


 浅草の近くの入谷の鬼子母神堂は法華宗本門流の真源寺しんげんじにあるので歩いてもそう遠くはない。


 ちなみに江戸の三大鬼子母神といえば入谷鬼子母神真源寺に雑司ヶ谷法明寺、あとは下総の中山法華経寺だったりする。


 そして実はこの真源寺は万治2年(1659年)にできたばかりではあるんだが逆に空いていそうだしいいんじゃないかな。


 鬼子母神はハーリーティーと言う名前のインドのヤクシニーで子授け、安産、子育ての神だ。

 インドの神様は日本とは違う性質になっていることも多いのだがこの神様は変わっていないのも面白いな。


 で法華経において鬼子母神は、十羅刹女と共に法華信仰者の擁護と法華経の弘通を妨げる者を処罰することを誓っているから日蓮宗では、鬼子母神が祀られる事になったのだな。


 さっそく大安の戌の日を選んで真源寺での祈祷を行ってもらうために文での予約を行って、当日向かうことにした。


 母さんと妙の実家のご両親にも声をかけ皆で寺に向かう。


 そしてお寺についたら早速祈祷をしてもらうことにする。


 みんなで手水で口と手を清め本堂へ向かい声をかける。


「すみません予約した三河屋ですが」


 住職が出てきて対応してくれる。


「はい、三河屋さんですね。

 では御祈祷料と腹帯の代金をお願いします」


 そこで妙のご両親が祈祷料を出そうとした。


「ではこれでお願いします」


「え、お義父さん、お義母さん?

 そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」


 と俺は妙のご両親に言ったのだが。


「いやいや、初孫の安全祈願の浄財くらいは出させていただきますよ。

 あなたのおかげで今では木曽屋も立ち直りましたしこの程度のことは問題ありませんからな」


 そして寺の住職は包みを受け取って嬉しそうにしている。


「ほうほう、これはありがたい」


 一両ほど中身が入っているらしいが妙の両親もだいぶ奮発したみたいだ。


「どうかよろしくお願いします」


 俺たち全員で鬼子母神堂の脇にある小屋で安産の祈祷をしてもらう。


 もちろん妙が最前面で俺はその横、両親達は俺たちの後ろで一緒にちゃんと安産の祈りを捧げる。


「授かった子供が無事出産し母子とも健康でその後も健やかに成長しますように」


 祈祷が終了すると祈祷を行った腹帯やお守り、御札が渡される。


「お子様が無事生まれましたらば、鬼子母神様のもとにその帯を納めなおしてください。

 さすればお子様の発育増進を更にお祈りさせていただきますぞ」


「分かりました、その時はぜひお願い致します」


 安産祈願の祈祷を受けたから結果が変わるかなんてわからないが、この時代では普通に行われていることだしやらなかったからちゃんと子供が生まれなかったんじゃないかと思われるよりはやっておいたほうがいいだろう。


 それにこうすることで精神的な不安が取り除けるなら安いものだ。


 サラシの腹帯の上に羊毛の腹巻きをすればよりお腹も冷えにくくなるだろうし。


 これから寒さも本格的になるからその対策もしないとな。


 そしてその日の夜は妙の実家の両親が来てくれた。


 そしてお祝い膳として両家の皆でお赤飯炊いて、紅白のなますを作り、黒豆をにて、鯛の尾頭付きも焼いてみんなで食べたんだ。


「無事に帯祝が出来るのは嬉しいことですねぇ」


「本当ですねぇ」


 母さんとお義母さんはなんだか嬉しそうだ。


 やはり孫と言うのが出来るのは嬉しいみたいだな。


「男の子でも女の子でもきっと賢い子になるだろうな」


「そうあってほしいものですね」


 俺はお義父さんと酒を酌み交わしながらそんなことを話していた。


 そんな様子を妙はニコニコしながら見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る