遊女の手習い教室の経営も順調だし切見世女郎などが吉原の外で手習いの師匠を出来るようにしてみようか

 さて、捨て子を拾ってそだてる養育院や行き倒れや金がなくて医者にはかかれない者の病をみる養生院、野良犬や野良猫を保護し、躾や訓練をして社会的に役に立てるようにして必要とする者に引き取ってもらう犬猫屋敷と同時期につくっていた遊女手習い所だが最近は入所志願者もだいぶ増えた。


 最初のうちは高名な太夫の危険日休みなどの日ばかり人が集まりその他の遊女の日にはあんまり人が集まらなかったんだが、やっぱり太夫とその他の遊女では知名度とかが違いすぎたんだな。


 しかし、大奥に中見世の遊女が出入りするようになると大見世の遊女も中見世の遊女も生徒が集まるようになってきたし、小見世や切り見世の遊女も子供相手の簡単な事を教えてそこそこ稼げるようになっている。


 大奥ブランドというのはすごいな、尤も大奥がどんなところなのかは口外は禁止なんだが。

 ちなみにこういった手習いや三味線の師匠などは女でも出来る江戸時代では数少ない職業の一つでもあったので割りと安心して働かせることも出来る。


 2階建ての建物の手習い所にはたくさんの部屋があり、その日によって多少は変わるが一階は子供に基本的なことをおしえ2階はそれなりの年齢のものに専門的なことを教えることが多い。


 そして遊女にはそれぞれが得意なことをそれぞれのやり方で教えさせている。


 あんまり画一的にやらせてはつまらなくなるだろうからな。


 書くものも黒板に白墨だったり和紙に筆だったり洋紙に鉛筆だったり様々だ。


 生徒数も一度に何人もの生徒をとってもいいし、一対一で教えてもいい。


 簡単なことを教える場合は10人位の生徒に一度に教えることが多いし、専門的なことは一対一とかも多い、そのかわり簡単なことは授業料は安く専門的なことは授業料は高い。


 これは学ぼうとする人数の差もあるし教材の値段の差もある。


 そして遊女の格によっても授業料は当然異なってくる。


 ただし遊女家業と同じで手習い家業も人気商売だ、評判が悪くなれば誰も生徒がつかなくなることもあるからそうそう無理なこともできない。


「はーい、じゃあみんなはじめますよー」


「はーい」


「じゃあいろは歌をみんなで暗唱してみましょう」


「い・ろ・は・に・ほ・へ・と ち・り・ぬ・る・を

 わ・か・よ・た・れ・そ  つ・ね・な・ら・む

 う・ゐ・の・お・く・や・ま け・ふ・こ・え・て

 あ・さ・き・ゆ・め・み・し ゑ・ひ・も・せ・す・ん」


「はい、みなさんよくできました。

 では、書き方を一人ずつ教えていきましょう。

 右前のこからこちらへ来てちょうだい」


「はい」


 複数の生徒がいる場合は師匠が高座に構えて生徒が一人ずつ師匠の前にいって書き方と読み方を教わってから自分の文机へ戻って自習をする方式で、一通りの子供に教え終わったら師匠は生徒の机をグルっと回ってみていき、上手く行っていない生徒がいればその生徒の背後から手を取って書き方を教えたりもする。


 また学業の進んだ者は師匠の補助をして師匠の替わりに基本的なことを教えたりもする。


 生徒は真面目に勉強をするばかりではなくおしゃべりしたり墨で顔に文字を書きあったりもするが基本的には和気藹々と勉強をしていた。


 手習い所というのはいわゆる寺子屋のような主に習字と暗唱の勉強をする場所と言うのが本来の扱いだが、遊女は身につけた教養芸事の巾が広いのでそれこそ子供のかなの読み書きや九九のような初歩の初歩の勉強から庭訓往来(ていきんおうらい)のような一般的な手紙の書き方、源氏物語のような古典や漢詩、和歌のような純粋な教養や和算の鶴亀算、商人を目指すものには簿記の付け方なども教えている。


 この時代は手紙を書く機会も多いので文の達人である遊女は理想的な師匠でもあるわけだ。


 もちろん茶道、華道、歌舞、三味線や琴といった芸事の教室もあり書道や算盤塾に音楽塾やカルチャークラブを加えたようなものになっている。


 もちろんこれらは単に趣味で習うだけではなく武家の女中としての採用試験に使われたりするものだ。


 もちろん受講するにはそれなりの銭がかかるがそれでも手習いを受けたいというものはたくさんいる。


 商家の女中と武家の女中では箔がかなり違うからな。


「それでは蘭引をつかって花の精をつくってみましょう」


「はい」


「摘んだ花を水とともに蘭引に入れて……」


「なるほどこうやって香油を作るのですね」


「はい、上の口から香油がでてきますからそれを別の容器に入れてヘチマ水などとあわせ使うのです」


 あと、現状では遊女は吉原の外へ個人で自由に出入りすることは相変わらずできない。


 大奥へ中見世の遊女を派遣したり寺社の祭りなどへ参加したりしている分だけ前に比べればだいぶましにはなったが遊女が吉原の外で遊女のお仕事をするのは相変わらず禁止だからな。


 それに俺のところの遊女手習い所に入らずに切見世女郎をやめて吉原をでていって町人として自活したい遊女もいるだろう。


 そういったものたちの独立と互助のため先ずは本所両国に集合手習い所を作ろう。


 浅草はなんだかんだで辺鄙な場所だが両国はこれから人がどんどん増えていくしな。


 尤も大工は町ごとに担当が決まってるからいつもの親分に頼むわけにも行かないんだけどな。

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