子供のために胎教や知育に役に立つものをつくって試してみようか

 さてさて、上様に世継ぎの男子が生まれ幼名は竹千代と名づけられた。


 見世の方は8月の頭の八朔や8月9月の月見などの通年の行事も無事開催し成功している。


 そして妙のお腹も順調に大きくなっているし、悪阻も収まってきて何よりだ。


「神君大権現様などと同じ名前ならきっと立派に成長するだろうな」


 妙が微笑んでいう。


「ええ、きっと立派な将軍様に成長なさるでしょう」


 平和になった江戸では生まれてくる子供はそれこそ「子宝」として大事に扱われた。


 もっとも遊女の妊娠は恥とされて、妊娠がわかったらゴボウを突っ込んだり冷たい水に下半身をつけたりして無理やり流産させられたりしたのだが、俺が茎袋を着用することを義務付けたり危険日には仕事をさせないようにしたことでそういったことは大店ではほぼ無くなったし吉原全体でも少なくなったと思う。


 また切見世や小見世レベルの遊女であれば子供ごと身請けと養子縁組をしてくれるものを探したりもした。


 この時代でも子供が生まれなくて困っている人も多いからな。


 将軍様の世継ぎが誕生したことは平和に幕府が続く可能性が高まるからもちろん江戸の者はみな喜んだが、一般庶民の子供の誕生も実家や地域ぐるみでそれを祝って、子育ては町の女が協力して行われた。


 そして江戸時代では子供が生まれてくる前からの「胎教」にも熱心だった。


 江戸初期の儒学者・中江藤樹は正保4年(1647年)に女性向の教訓書「鑑草」を出版しているがその中で”子育ては胎教から始まる”と書き、そういった書物がすすめることを江戸の若い母親たちは実際に取り入れた。


 中江藤樹は「胎教というものは子が胎内にあるうちの教えであり、その教えは母の心持と行いにある」と言っているし、実際に21世紀でも子供に挨拶したり話しかけたり、絵本を読み聞かせたり、クラシック音楽を聞かせると良いといわれているがそれは江戸時代からすでに行われていたのだな。


 実際胎児は妊娠5ヶ月でもう耳が聞こえるので、どんどん話しかけたりしたほうが良いそうだ。


「おはよう、今日も元気かなー?」


 俺は妙のお腹を軽く擦りながら妙とまで小さな子どもに話しかけてみた。


「はい、私は元気ですよ」


 ニコニコしながら妙がいう。


「それにややこもちゃんとわかってるみたいですよ。

 ポンと中から蹴るようになってますから」


「そうか、それはいいことだな」


 胎児であってもかけられた挨拶の意味などは何となく分かるらしい。


 なので胎児のうちから、簡単なあいさつを掛けてあげるとお腹の中にいる胎児に声の振動やリズムを記憶させることが出来るので出産後にも話しかけると赤ちゃんが落ち着きやすくなり挨拶ができたりするのも早くなるらしい。


 もちろん必ずそうなるというわけではないけどな。


 そして胎教とは子供に向けて行うものではなく母親の心身の状態を安定させるためでもあるようだ。


 また、美人の女の子を望めば美人画、丈夫な男の子を望めば武者の絵を見るべきと中江藤樹は言っているようなので、俺は妙の部屋に美人画と武者絵の両方をはってある。


 しかし、妙はだいぶお腹が大きくなっても仕事をしてくれているが大丈夫なのだろうか?


「妙、きつかったら無理に仕事しなくても大丈夫だぞ」


 そうすると母さんが俺に言った。


「戒斗、そんな妊婦だからと甘やかし過ぎたらかえって良くないんだよ。

 私だってお前を身ごもった時はギリギリまで仕事をしていたもんさ」


 母さんの言葉に俺は首を傾げた。


「そういうものかな?」


 妙は頷く。


「そういうものだと思いますよ。

 仕事もせず体を動かさないのもそれはそれでよろしくないかと」


 妙もそう言う。


「そういうものなのか」


 俺がそう言うと二人は頷いた。


「そういうものですよ」


「そういうものです」


 どうやら俺は心配し過ぎで過保護になってると思われてるようだ。


 しかし、この時代は流産死産が多いし生まれても乳児のうちの夭折が多いから本当心配なのだが。


「案ずるよりも産むが易しですよ」


 妙は笑顔でお腹をなでながらそういう。


 たしかに鑑草にも妊婦は怠けて弱くならず、男女の交わりをしてはいけないとあったか。


 ああ、妊娠がわかってからは夜の営みはやってないぞ。


 その他には妊婦は冷たいものを食べてはいけないし冷たい水を飲んではいけないとされてるからそういうのは守っている。


 実際の所21世紀のときも独身彼女なしだった俺には細かいことはよくわからなかったりもするのが辛いところだが。


「妙の気晴らしにもなるような絵本でもつくってみるか」


 これは母親の側にも暇つぶしになり、子供の側にもそういった感情を伝えられると言うメリットが有るらしい。


「人懐こいワンコの話でもつくってみるかな」


 俺が子供のときに読んだことがある絵本で何故か記憶に強く残ってる絵本があるんだがやんちゃでわんぱくな子犬とその友達の動物たちが幸せそうに暮らしている話だったようなきがする。


 犬じゃなくて猫だった気もするが。


「ニコニコ笑顔はいい笑顔」


 で確か始まったかな?


 ともかく母にとっても子供にとっても笑顔が絶えない環境にしていたほうがいいはずではあるのだよな。


 後はがらがらなんかは小さい子供にいいらしいからそれもつくっておくか。


「ちょっと気が早すぎるんじゃないかねぇ」


 母さんはそう言って苦笑した。


「でも、予め用意しておいてくれた方が安心できます。

 それに絵本を読んであげるのも楽しいですし」


 妙はそう言って笑ってくれたのだった。


 絵本をそれなりに気に入ってくれたみたいでよかったぜ。

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