上様と御台所様の間に跡継ぎが生まれたのは誠にめでたいことだ
さて、俺が妙の妊娠であれこれ駆け回っていたときにこれまためでたい発表があった。
将軍の正室の御台所様(みだいどころさま)に男児が生まれたことが正式に発表されたのだ。
「上様に世継ぎの男の子が生まれたんだってな」
妙も嬉しそうに言う
「それはとても喜ばしいことですね。
ご無事に成長なされると良いのですけど」
俺は妙の言葉に頷く。
「そうだな、立派に大きくなられればいいんだが」
今回無事子供を産んだのは将軍の正室の顕子女王(あきこじょおう)で彼女は伏見宮貞清親王(ふしみのみやさだきよしんのう)の娘。
伏見宮は南北朝時代からある歴史のある宮家だ。
実際に将軍に正室の世継ぎの男児が生まれたのは喜ばしいことだと思う。
しかし、この時代だと元服できるまで生きのこれるのは生まれた数の半分くらいだからまだまだ安心はできないのだが。
江戸城の大奥は2代目将軍秀忠公がしつらえ、先代将軍家光公の時期に将軍の世継ぎを産むための場所として春日局によって整備されたものの、実際には四代目以降の将軍はほとんど直系の跡継ぎを作れず、その役目はほとんど果たされていないのは結構問題だったと思うんだよな、大奥には馬鹿みたいに金をかけてるんだし。
本来であれば現在の将軍である徳川家綱公は病弱であったのもあり正室である顕子女王(あきこじょおう)との子供はできず、側室であるお振ことのちの養春院(ようしゅんいん)は懐妊したもの病気で母子ともに死亡してしまいお満流ことのちの円明院(えんみょういん)なども懐妊したものの流産であったから、結局世継ぎは生まれ育たず、5代目将軍はもちろん犬公方の徳川綱吉公が就任した。だが、彼により幕政は色々改められるからそれはそれで悪くはないのではあるけどな。
江戸幕府は宮家や公卿の血筋を将軍家に入れないためにわざと正室には子供を産ませないようにしたと言う説もあるが俺は多分そんなことはないと思う。
実は鎌倉・室町・江戸の将軍の中でも平均的には江戸幕府の将軍が一番短命だったり世継ぎが生まれなかったりしているんだな。
その原因は、乳母が乳房にまでつけている水銀や鉛のおしろいと、京都や江戸では白米を食べる文化、江戸城などにこもりきりの運動不足、宮家や公家の困窮による栄養不足などにあったようだ。
さらには将軍の正室の御台所は用便後の尻拭いまですべて女中に任せたとされるくらい運動をしなかった、そういったこともあり骨盤の発達が未熟で尻が小さくそのせいで死産や流産が多かったようだ。
そんな感じで運動不足かつ玄米を食べない栄養不足の江戸の将軍と京都の宮家や公家のお姫様の間には子供ができにくかったのだし、室町以降の皇室、宮家、公家は貧乏だったから栄養不足で身体が十分に発達せずよけいに死産や流産が多くなってしまったようだ。
それに鉛おしろいが拍車をかけたのは事実なようで、オギノ式の妊娠しやすい期間を教えたこと、肌につけるおしろいを植物性に変えたこと、江戸城の食事を脚気のもとである白米から玄米や雑穀や麦などを加えるようにしたことで自体は少し好転したようだ。
そもそも徳川幕府は鎌倉幕府の源頼朝や室町幕府の足利尊氏がれっきとした源氏の名門の血筋なのに対してについて、三河松平に関しては源平藤橘に含まれているかどうかすら怪しい。
徳川がはっきり源氏として名乗るのは家光公の代からで初代将軍である家康公は藤原氏を名乗ったり源氏を名乗ったりしていた。
一応徳川氏の祖となる松平氏は清和源氏の新田氏の支流の得川氏(とくがわし)であったと言っているのだが、三代目の松平信光は室町幕府の政所執事の伊勢氏の被官つまり部下となり荘園である松平郷を掌握したらしいが彼は賀茂氏を称していたらしい。
だから松平の氏族名は実際のところはよくわからないというのが実情だろう。
そんなことも有って、三代目家光公からは将軍家や親藩などは権威付けのためにも宮家や公卿のお姫様を大奥に迎えたりしたわけだが、夫婦ともに偏食でほぼ江戸城にこもりきりの運動不足になるせいで余計に子供が生まれにくくなったらしい。
だから、元禄期以降では子供を生みやすいふっくらした体の平民の娘に将軍は積極的に手を出していくことになるわけだ。
「お奉行様経由で吉原を代表して何か贈り物を送っておくべきかな」
妙はコクリと頷く。
「そうですね」
「ふむ、しかし何をおくればよいのだろうか?」
「そうですね。
無難に鯛などはいかがでしょう」
「ああ、めでたいの鯛かそれが無難かもな」
魚河岸で今日上がった一番立派な鯛を10両で買い付け、その他には一個5両の最高級のお香を10個、一枚30両の最高級の布団を三枚買い揃えてついでに青銅の手押しポンプも一緒に献上するべく勘定奉行の奉行所へ赴く。
「本日は日柄もよく、また上様にお世継ぎが生まれたとのこと大変めでたいことでございます。
これは我々吉原一同よりの献上品でございますれば
ぜひ受け取っていただければと思います」
勘定奉行は鷹揚に頷く。
「ふむ、その方らの気持ち確かに受け取った。
上様もお喜びであろう」
俺は頭を下げて返答する。
「はい、ありがたき次第でございます」
そして俺は奉行所を後にした。
後々水戸の若様が藤乃の所に来た際に教えて貰ったが上様やお台所様には結構喜んでもらえたらしい。
でかい鯛は意外と将軍家でもそんなに食べられるものでもないらしいな。
そして新しい布団はやはり良いものだ。
将軍家と宮家や公家とがそれなりに仲良くなれれば宮家や公家も幕末に外国勢力にそそのかされて倒幕を試みなくなるかもしれないしな。
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