江戸時代は妊娠の対処でおかしいこともあるから変えていこう

 さて、妙の妊娠はとても喜ばしい。


 そして江戸時代の妊婦に対しての対応はまともなものもあるしまともでないものもある。


 そして妊婦に悪阻があるとやはり大変だ。


「うっ」


 と妙が口を抑えて盥にはいたりする様子は見ていて辛いがこればかりはどうしょうもない。


 悪阻のはっきりした原因というのは実はよくわかっていないのだが、空腹や低血糖、体のホルモンバランスの崩れや酸性化などが理由であると考えられている。


 あとにおいに敏感になるのはそれだけバクテリアを警戒してるんだろうな。


「大丈夫か?

 ハラ減ってないか?」


 妙はあははと力なく笑う。


「大丈夫です、でもご飯や味噌や漬物や焼いた魚の匂いは駄目なようです」


 妙の回答に俺は頭をかく。


「そりゃ困ったな……」


 ご飯に味噌に漬物に焼いた魚というのはこの時代における日本の食べ物の大部分だ、それがだめとなると食べられるものが殆どなくなっちまうんだよな。


 もっとも江戸時代では妊婦にもそういったもんを他に食べるものがないからと、吐いても無理やり食わせてたみたいだが。


 とりあえず湯気や臭いなどを立てない食べ物にするとしたら……。


 俺は小麦粉を発酵させないでクラッカー状に小さめに焼いてそこに青菜のおひたしをはさみそれを妙に食べさせてみた。


「どうだろうかこれなら食いやすいと思うんだが?」


 妙がパクっとクラッカーを口にする。


「そうですね、強い臭いもしないしこれなら食べやすいですね」


 米はうまいんだが悪阻のときにはそのご飯の匂いは吐き気を引き起こすらしい。


 なので米を食べさせるとしたらある程度冷めた物を食べさせたほうがいいみたいだな。


「あとは、甘い梅干しだ」


 はちみつに漬けた梅干しを妙に差し出してみる。


「うん、これなら大丈夫みたい」


 梅干しのクエン酸は体の代謝にも大きく関わるが塩の取り過ぎはあまり良くないらしい。


 多少酸味を薄めるためにはちみつ漬けの梅干しを食べさせてみたがこれなら大丈夫みたいだな。


「体を冷やすのは良くないから、これも飲んでくれな」


 俺が差し出したのは白湯だ。


「うん、ありがとう、だいぶ楽になった気がします」


「そうか、それは良かったな」


 江戸時代ではそもそも食事内容に関しての選択肢がほぼないので、妊婦は悪阻の吐き気をがまんして、ご飯を炊いて、炊いたご飯や味噌汁や漬物を食べるしかなかったが、結局それを吐いてしまうことも多かったようだし、妊婦用の食べ物も今度から売り出してみようかな。


 きっと悪阻に困ってる妊婦の助けになるだろうしそうすれば早産や流産も減りそうな気がする。


 そして21世紀ではヨーグルトやゼリー、バナナなどのような栄養が有って妊婦でも食べやすいものも結構あるんだけど……ああ、そういえばこの時代天草を使ったところてん自体はあるわけだから梅味にしたところてんゼリーなんて言うのもいいかもしれないな。


 冬ならみかんの汁などを薄めて入れても良いかもしれない。


 妊婦にはビタミン補給も重要だし。


「産屋も早くたてないとな」


 それを聞いて妙は苦笑する。


「それはまだ早いですよ」


「そうか?」


「はい」


 うむ、少し焦り過ぎか。


 そういえば吐き気には手首の内側のツボを刺激すると良いという話もあったな。


 これは別に悪阻だけではなく船酔いなどにも効果があるらしい、もちろん科学的に吐き気がおさまる理由ははっきりしていないのだけど、効果があるならやるべきだよな。


 手首にまく布にツボを刺激する丸い小石を縫い付けてそれを妙の手首に巻いてやる。


「どうだろう、少しは吐き気がおさまるといいんだが」


 妙は首を傾げている。


「うん、なんとなく効果があるようなないような……」


「そうか、まあ気休めでも吐き気が軽くなると思うから毎日付け替えられるようにいくつかつくっておくな」


「ありがとうございます」


 そして保温は大事だ。


 特にお腹の保温は腸を冷やさないためにも胎児を冷やさないためにも大事。


 なので毛糸で腹巻きを作り、更に羊毛で毛布をおらせる。


 まずは腹巻きを見せて見る。


「これを襦袢の上に巻けばお腹も冷えなくなるはずだぞ」


「そうですね、これは温かくて良いです」


「あと寝る時はこれを掛けて寝てくれ。

 だいぶ温かいはずだ」


「本当に色々すみません」


「いやいや、俺に出来ることなんてこれくらいだからな」


 妙の実家のお母さんも娘の懐妊を待ち望んでいたらしくてとても喜んでいるらしい。


 なにせこの時代は3年で子供ができなければ石女(うまずめ)として離縁させられるような時代だからきっとホッとしただろう。


 そして意外に思うだろうが江戸時代でもすでに胎教的な考え方はあった。


 母親の日々の心の持ちようが胎児にとってはなによりも重要で、母親の性格や思考がそのまま子供の性格や思考にも反映されると考えられていたから、母親には思いやりのある正直な心を持つように務めることを勧められたし、妊娠中に決してよこしまな考えを持ってはいけないとされた。


 妊娠中の日常の姿勢や動きにも気をつけて、あまり刺激の強いものをみたり、悪影響を持ちそうな話を聞いたりせず、聖人君子の道を説いた書物を読んだりするのがよいとされた。


 現代でもクラシックを聞いたり、絵本を読み聞かせたりするのが良いとされるが、これは子供のためというよりも母体のためでもあると思う。


 妊娠中はホルモンのバランスが崩れているのでアドレナリンが多く出るようなことを見聞きするのは良くないのだろう。


 俺は桃香に余った時間に琴を聞き引かせてやってほしいと頼んだ。


「桃香もだいぶ楽器もうまくなったみたいだしのんびりした琴の音を聞けば妙もゆったり出来ると思うんだ」


「はい、わっちにおまかせでやすよ」


 桃香だけでなく禿達は交代で空いた時間に妙にゆっくりしたことの琴の音を引き聞かせてくれた。


「本当にありがたいことですね」


 桃香は笑っている。


「わっちらも琴を爪弾いて喜んでいただけるならそれほど嬉しいことはないでやすよ」


 うん、みんないい子だな。


 これで母子無事に出産が終えられれば言うことなしだ。


 いやまだ半年くらい先の話だけどな。

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