7月は本当に行事が多いな、そしてようやく妙に子供ができたようだ

 さて7月7日の七夕と井戸替えが終わったら、7月10日は浅草浅草寺の千日詣で、で浅草は例年通り参拝客でいっぱいになる。


 俺は去年と同じように昼の見世はあえて休みにし万国食堂や吉原旅籠などは入れ替わりで従業員がお参りに行けるようにして、三河屋と俺が見ている見世店や施設の人間は全員お参りさせた。


 そして今年は三浦屋や玉屋、山崎屋も遊女たちを着飾らせて引き連れて参拝に行ったようだぞ。


 彼らにもこういう時に遊女を引き連れて参拝したほうが結局は人目につくから宣伝になるのだとようやくわかったようだな。


「まあ、いいことさ、人の多いときに浅草の浅草寺にお参りに行けばそれだけ人目につくから宣伝にもなる。

 吉原の中で太夫道中や新造の突き出しの時になんで金かけて練り歩かせるかを考えれば気づくのが遅いくらいだけどな」


 妙が感心したように言う。


「なるほど、そういう理由もあったのですね」


 俺は頷く。


 この時代の太夫はスーパーモデル兼超有名AV女優みたいなものだからな。


 雑誌やテレビ等のない時代じゃあ人前を歩かせるのが一番の宣伝ってことさ。


 神田祭や愛宕のお参りに参加させられるようにしたのも祭りへの不参加による寺社やその氏子などの反発をしずめるためもあるし、祭りに参加することによる宣伝効果も考えてる。


 祭りに参加するためにかかる費用はたしかに安くないが、吉原の周囲への融和も含めた宣伝広告費と考えれば決して高くつくわけではない。


「ああ、もちろん寺にお参りに行くことそのものがみんなにとって楽しみなことであるからそういった願いを叶えたいっていうのもあるぜ」


 娯楽の少ないこの時代は出かけて寺社を参拝することも立派な娯楽の一つだ。


 そして神仏に詣でることでその加護を得られると真面目に考えてるから、裏を返せば神仏に詣でることができないということそのものがストレスでもあるわけだ。


 なにせ吉原の中には稲荷神社しかなかったからな。


 そして12日になると先祖供養の儀式の盂蘭盆、一般的にはお盆の行事に必要なものが売り出される草市が吉原でも開かれる。


 去年と同じように盆の供養に必要なものをかって、桃香や桔梗にも必要なものをかう。


「はいはい、いらっしゃい、何がほしいんだね」


「盆に必要なものを一式くれ」


「へい、まいど」


 そして俺は桃香や桔梗に聞く。


「桃香や桔梗の必要なものも買ってやるぞ。

 何がほしいんだ?」


 桃香は真剣な表情で答えた。


「今年もおっ母のお墓に供えるもんがほしいでやんす」


 俺はその言葉に頷く。


「じゃあ、墓に供えるもの一揃えをこの子に売ってやってくれ」


「へい、ありがとうございます」


 桃香はやはり嬉しそうでもあり寂しそうでも有ったが去年ほど寂しい様子は見えなかった。


「私もお墓にお供えをしたい」


「じゃあもう一つ墓に供えるものをこちらの子にも売ってやってくれ」


「はい、もう一揃えですな、ありがとうございます」


 そして、翌日の13日は盆休み。


 今日は吉原は全店休みで遊女も若い衆も下女もみんな休みだ。


 遊女や下女はこの日は一日掛けてのんびり髪を洗ったりもする。


 去年と同じように店に魂棚飾りを飾って墓が遠くて行けない遊女や下女たちは墓参りの代わりにそれに線香を上げたり供え物をしたりして先祖の霊に手を合わせている。


 桔梗は供え物を持って墓参りに出かけた。


「行ってきます」


「ああ、ゆっくりしてこいよ」


 ペコと頭を下げて桔梗は見世を後にした。


「では私も実家に戻らせていただきますね」


「ああ、妙もたまにはゆっくりしてきていいぞ」


 妙も実家に戻っていった。


 そして今年も母さんや桃香と一緒に父さんの墓参りに行く。


 父さんの墓は作り直して立派になったが桃香の母親の墓は前のままだ。


 墓に線香を供え、ナスやきゅうりの牛馬を備え、蓮の葉の上に米や切った野菜をのせて供え手を合わせる。


「父さん、墓が良くなって少しは安心したかい?

 俺は今年もうまくやってるから安らかに眠ってくれな」


 母さんも手を合わせている。


「あなた、戒斗は立派にやってますよ」


 桃香も一生懸命お供えをしている。


「おっかあ、おらは見世に馴染めただよ。

 だから心配しないでゆっくりねむってけろ」


 俺は一生懸命母親のために祈っている桃香の頭をなでてやった。


 桃香は笑顔でいった。


「えへへ、おっかあちゃんと喜んでるかな?」


 俺は頷く。


「ああ、きっと喜んでるさ。

 桃香が笑顔で元気にしてるしぜんぜん心配もしなくて良くなったんじゃないか?」


「なら、わっちもうれしいんすな」


「桃香の母さんの墓も少しは良くしてもらうか?」


「え、いいんでやんすか?」


 俺は母さんに聞く。


「いいよな母さん」


 母さんは眉をしかめた。


「別にいいですけどその金はその子の借金になりますよ」


「俺が肩代わりするんじゃ駄目なのかい?」


 母さんは言う。


「それでは見世の他の娘達に示しがつきませんからね」


 たしかに母さんの言うことにも一理ある。


「まあ、そうか……桃香どうする?」


 桃香は真剣な表情で言った。


「わっちはそれでもいいでやす。

 おっかが喜んでくれるならお墓を作り直してほしいでやす」


「分かった、じゃあなるべく安く済むように住職に頼むとしよう」


 俺はその後浄閑寺の住職に盆の施餓鬼の浄財を収めると共に桃香の母親の墓を少し良くしてもらうことにした。


「ふむむ、墓の作り直しですか。

 では10両ほどでいかがでしょうか?」


 住職の提案に俺は言う。


「10両か……せめて5両にならねえかな。

 俺や俺の家族の墓なら全然構わねえが禿の母親の墓なんで少し安くしてほしいんだ」


 住職は少し考えたあという。


「ふうむ、では7両でいかがでしょう」


「わかったじゃあ7両で頼む」


「ではさっそく手配いたしましょう」


 7両だとおおよそ70万か。


 まあ太夫になれば一晩で稼げる金額だが安くはないかな。


 そして15日には去年と同じように夏用の薄衣を送る仕着せがあるから皆に新しい衣を送る。


「やれやれ、盆は本当に金がふき飛んでいくな」


 しかし、真新しい服を受け取って特に津軽から来た娘達はとても喜んでいる。


「いいべべきれるってのはほんとうだっただな」


「んだ、うれしいだな」


「おう、正月にも送るから期待してていいぞ」


「わーい!」


「うれしいだ」


 もちろん桃華や桔梗、朝顔、芍薬たちも喜んでるぞ。


「ことしもきれいなべべをくださりありがとうござんす、戒斗様」


 桃香を筆頭に禿たちが俺に礼を言ってきた。


「おう、お前さん達は見世の宝だからなこれからも頑張って手習いや芸事を覚えてその服が似合うような立派な太夫になってくれよ」


「あい、わっちらいっしょうけんめいがんばりんすよ」


 無論中見世、切見世の女郎や万国食堂など他の店の女たちにも新品の衣装はちゃんとおくるぜ。


「ああ、きれいな着物を着れるなんて嬉しいねぇ」


「ほんとうにありがたいこってす」


 母さんにも服を送る。


「あらあら、今年もちゃんと私にもくれるなんて嬉しいね」


「そりゃ母さんにはいつまでも綺麗でいてほしいからな」


「あらあらやだねえ」


 母さんも新しい服はうれしいようだ。


 妙や、高坂伊左衛門の妻や惣名主の秘書や事務方、下女などにも送ったぜ。


「うふふ、綺麗な着物ですね。

 本当に有難うございます」


 妙も嬉しそうで何よりだ。


「ああ、これからもよろしくな」


 ちなみに小見世椿屋と西田屋に関しては今年は俺からは送ってない。


 これは支配人である熊や三代目西田屋のやることだからな。


 そして16日の盆踊りが終われば今年の夏も終わりだ。


 そしてここで妙から嬉しい知らせが有った。


「どうやら私、ややこができたみたいです」


 俺は一瞬ぽかんとしていたがその言葉の意味がわかると嬉しさがこみあげてきた。


「お、おう、やっと俺たちの子供ができたか。

 名前はどうするか、男かな女かな。

 ああ、神社に安産祈願のお参りに行かないとまずいな。

 それから他には……産湯のための桶とか用意して、

 ああ産婆もよばないといかんか」


 妙が苦笑して言う。


「そんなに今から焦っても仕方ありませんよ。

 生まれるのはまだまだ先ですからね。

 月のものが来なくなったのでそろそろかと思ったのですけどつわりも来ましたのでほぼ間違いないとは思います」


「お、おう、そうだな父親になるなら落ち着かんといかんよな。

 で名前はどうするかな」


「いやいや、貴方様戻らないでくださいよ」


「お、おう、ともかく体を冷やさないようにしないとな」


「そうですね」


 そう言ってニコニコしている妙。


 子供ができたのは衝撃的だが、まずは腹帯とかを準備するか。

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