6月24日は愛宕参りだし見世ごとに禿たちの華麗さを競うぜ

 さて、6月16日の嘉祥に引き続いて後の吉原では廃れてしまった行事が6月中にある。


 それは6月24日の江戸の愛宕山の愛宕権現神社で行われる愛宕の千日詣りだ。


 これは火伏せ祈願の行事で、要するに火事にならないようにというお参りを愛宕権現神社にする日でこの日にお参りすると一日の参詣で千日分の御利益があるとされたんだ。


 また浅草が有名なほおずき市だがもともとは愛宕神社が先に行ったものだったりもするな。


「さて、愛宕の祭礼への参加も再び許可されたし派手に行かないとな」


 愛宕神社の総本山は山城と丹波国境にある愛宕山の山頂にあって古くより比叡山と共に信仰を集め、愛宕権現を祀る白雲寺として知られたが、愛宕信仰は道祖神信仰と結びつき、国境である愛宕山の本尊の一つはシャグジに将軍の字を当て、道祖神と習合した地蔵を将軍地蔵(ショウグンジゾウ)もしくは勝軍地蔵(ショウグンジゾウ)として軍神としても崇められている。


 そしてともに祀られている炎の神である軻遇突智(カグツチ)が火を操るとされていたのだな。


 そして、江戸の愛宕権現は現在の芝公園付近にある愛宕山の山上にある。


 江戸の愛宕山は25.7mの標高があり天然にできた山としては江戸の街の中では一番高い。


 山頂から東京湾や房総半島までを見渡すことができる名所としてふだんから見物客で賑う場所で月見や雪見などの人気スポットでもある。


 そして慶長8年(1603年)に「将軍」になった神君大権現こと徳川家康公が「勝軍地蔵」「将軍地蔵」の加護を求めて京都の愛宕神社より勧請したため「天下取りの神」や「勝利の神」としても愛宕権現は人気で、防火の神としての役割はむしろ江戸の街が大きく発展する三代目将軍家光公以降に広まったものだな。


 また寛永11年(1634年)に二代将軍徳川秀忠公の三回忌として増上寺参拝の帰り、先代将軍徳川家光公が山上にある梅が咲いているのを見て、「梅の枝を馬で取ってくる者はいないか」と言ったところ、讃岐丸亀藩の家臣の曲垣平九郎が見事馬で石段を駆け上がって平九郎は見事、山上の梅を手折り、さらには馬にて石段を降りてきて、家光公に梅を献上したことで平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたことから「出世の石段」と伝えられ、愛宕権現は「出世の神」にもなるのだ。


 でそういったことにあやかろうと全国の各藩でも地元へ祭神の分霊を持ち帰り各地で愛宕神社を祀ったことで愛宕信仰は広まるわけだが、現状では防火、鎮火の神として愛宕権現はあがめられ、普段の日にお参りするより千日参で「火迺要慎(ひのようじん)」の御札をもらって行こうとする人間のほうが多いのはまあ当然のことだな。


 実際に自宅の台所や厨房など火を扱う場所に札を貼っておくことで、火に対して注意を促す効果はあるようだ。


 そして吉原の課役には山王・神田の両大祭には傘鉾(山車の類)を出すこと言う項目とともに、愛宕の祭礼には禿の内で殊に美麗なる者を選び、美服を装わせて練り歩くことという項目があったから江戸幕府でも愛宕の祭礼は山王祭や神田際に匹敵する重要な祭りだったわけだ。


 本当なんで西田屋二代目や俺の父親は祭りに参加の免除を喜々として受け入れたんだろうな。


「ともかく愛宕の祭礼で禿の内で殊に美麗なる者を選び美服を装わせて練り歩くということは今年から復活だから他の見世の禿に負けないようにしようぜ」


 俺は三河屋や十字屋の禿を集めていった。


「あい、わっちがんばりんすよ」


 桃香が力強く言う。


 桔梗、朝顔、芍薬なども力強く頷いた。


 当日、高尾のいる三浦屋や勝山のいる山崎屋、玉屋や西田屋の引き連れた禿達などと競い合うように、俺たち三河屋と十字屋の禿は綺麗な衣服を着た禿たちを引き連れて愛宕山まで練り歩いた。


「あら、可愛らしいわねー」


「ほおう、やっぱり三河屋は禿も綺麗な子が揃ってるな」


 どの見世も自分の見世が他より格下に見られまいといい服を着せて髪飾りも良いものをつけさせているがまあ、うちが一番手広くやってるからな。


 きっと子供を手放した親たちもこれを見たら安心できるだろう。


 それに玉屋や西田屋もだいぶ盛り返してきたようだし、三浦屋や山崎屋はあいかわらずの人気を保っている。


 吉原の大見世が勢いを保てそうでいいことだ。


 しかし愛宕権現のあたりは茶屋も多いし桜たちが二号店を開いたりするならここも悪くないな。


 尤も両国のほうが近くていいかもしれないけどな。 


 そして愛宕山についたら正面の急な男坂と呼ばれる角度が40度もある六十八段の急な石段ではなくて、その右手にあるなだらかな石段道の女坂の方から登ることにする。


「登るのは大変だが頑張れよー」


「あいがんばりんすよ」


 禿達はまだ小さいからな余計大変だよな。


 だから無理して急な方から登ることもなかろう、まあ、坂がゆるいということはそれだけ登るための距離は増えるんだけどな。


 そして登りきったら夏越大祓(なごしのおおはらえ)のための茅(かや)でできた大きな輪「茅輪(ちのわ)」を左・右・左と8の字を描くように三度くぐり、穢れを人形(ひとがた)に移し、その人形を水に流して穢れを落とす。


「ちゃんとくぐれよー」


「あーい」


 こうして一年の半分が過ぎたところで厄を払っておけば後半も安全に過ごせるだろう。


 それにしてももう今年も半分ほど過ぎたんだな、月日のたつのは早いものだ。

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