弁財天音楽堂がようやく完成したぜ
さて2月に作り始めた歌劇や音楽専用の劇場もようやく完成した。
いままでの劇場よりずっと大きくて音や声がよく響くようにして音響を考えたうえで、要所要所に火山灰と石灰を使ったローマン・コンクリートに竹筋を加えて強度をもたせた建築物にしたせいで火山灰や石灰の輸送にも時間がかかったのだ……。
「流石に時間がかかったな、まあ手探りでやってきたからしょうがないが、それなりのものはできたんじゃないか」
建物は弁財天音楽堂と名付けた。
弁天様は琵琶を抱えている姿や美音天と言う別称からもわかるが芸事の神様でもあるからきっと力を貸してくれるんじゃないかな。
そして初公演は先ずは三味線ではなく琵琶の演奏を含めた平曲で行うことにした。
平曲は演奏をつけた平家物語だな。
「うむむ、琵琶を弾くなんてひさしぶりでありんすえ」
藤乃がちょっと戸惑いながら言ったがまあそれもそうだろう。
「お前さんなら上手くやってみせるだろうと思うんだが難しそうか?」
「おや、馬鹿なことをいわしんすな。
久しぶりだとは言いやんしたが難しいとも無理ともいわんでやすよ?」
「おう、それでこそ藤乃太夫だな」
実際問題として嗜みとして琵琶の演奏方法は習っていても実際に演奏する機会は少なくなっているからな、この時代でも琵琶にこだわってるのは雅楽とかを伝えているお公家さんとかくらいだろう。
江戸時代初期に琉球を通じて日本位伝わった三味線は当初は7、8世紀頃に中国から日本に入った琵琶の代用として用いられるが、次第に三味線は大流行しそして琵琶は廃れていった。
多分三味線のほうが作りが簡単で安価に手に入るからだろうと思う、高価なものが安価なものに駆逐されるのは世の習いとも言えるな。
もっとも琵琶自体は名家の嗜みとして琴などと同様に太平洋戦争前くらいまでは習い事に含まれていたようだが。
「琵琶を弾く機会なんてなかなかないからな。
でも、吉原弁天様に音を捧げるには三味線より琵琶のほうが良かろうからな」
藤乃は頷く
「あい、吉原の太夫の名を汚さぬようにして来ますえ」
もともと平家物語を語る平曲は庶民の娯楽が目的ではなく、鎮魂の目的で語り継がれたらしい。
明暦の大火により焼死や溺死したりした遊女たちも含めての何万という犠牲者が安らかに眠れるようにとの祈りも込めて、まずは平曲を語ろう。
生き残ったものたちは元気にやっているのだと伝われば心残りも少なくなるのだろうか?
舞台上では藤乃が朗々と歌い上げてやがてそれは無事終わった。
そしてその後に吉原娘。にモーニング娘。の”ふる○と”と槇原敬之の”遠く○く”を混ぜたうえでちょこちょこ歌詞を改変させて歌わせる。
「あらら、大役でんなぁ」
小太夫はそう言いながらも自信はあるようだ。
今回はバックコーラスを務める他のメンバーもかなり自信はあるようだな。
今回は前回と違い踊りではなく歌をメインにしている。
「お前さんたちももう人気の歌うたいだからな。
頑張れよ!」
吉原娘。のメンバーは全員力強く頷いた。
「あい!」
そして舞台の上に登り歌い出す吉原娘。達。
伴奏は琵琶じゃなくて三味線だけどな。
”おっかさんー、お江戸の私をー 時には思い出してくれますかー、遠く離れた故郷にー 私の声は届きますかー”
江戸の街には地方から売られてきたわけではなくても地方から職を求めてでてきたものも多い。
参勤交代で地方から出てきた武士もだいぶ増えてきた。
そういったものたちは故郷の家族を思い出しているようで、中には涙を浮かべてるものも居るようだ。
そして吉原娘。の歌が終わったら桃香たち禿の出番だ。
いや当初は禿の出し物は予定になかったんだけどな。
「わっちら、みんな戒斗様に感謝してるんでやんすよ。
だから少しでもお役に立ちたいんでやんす」
俺は桃香の頭をなでながら言う。
「お前さん達はまだ幼いんだし、別に無理して役に立とうなんて考えなくてもいいんだぞ?」
桃香はにこっと笑う。
「無理なんてしてやせんですよ」
周りの禿たちも頷いている。
「あい、わっちらはちゃんと食べることも寝ることも色々学ぶこともできて、愛宕のお参りに綺麗なべべ着られただけでも感謝しきれんでやすよ」
禿達は俺に感謝してくれてるらしい。
「そうか、じゃあ、お前さんたちの出し物に期待してもいいな」
桃香は頷く。
「あい、がんばりんすよ」
禿達の出し物はかぐや姫を少し変えた話だった。
子供のいない老夫婦ではなくて、遊郭を経営している若い夫婦が橋の袂で捨てられていた、美しい娘を拾ってそだて、育った娘が立派な太夫になって多数の大名の身請け話を受けるけどそれを断って最後は老夫婦となった育ての親と一緒に吉原を出て田舎でゆったり幸せに過ごすという話になっていた。
禿たちの一生懸命な演技にほっこりとした空気が音楽堂に漂った。
「なるほどな、桃香達から見たら俺達はそう見えるのか」
あの時俺は倒れていた桃香と出会って母の反対を押し切って育てることにしたのは事実だ。
だが、桃香が美しい容姿をしていなかったら俺ははたして桃香を見世に連れ帰っただろうか。
それともそのまま見捨てただろうか。
桃香は俺に感謝していると言ったが俺の行動は偽善を含んだ利益目的でしかなかったのかもしれないんだよな。
演劇が終わって俺のもとにやってきた桃香が聞いた。
「どうでやした?」
「ああ、いい話だったと思うぞ」
「えへへ、頑張った甲斐がありやした」
「ああ、本当にみんな頑張ったな」
俺は、演劇を頑張った禿達を褒めながら頭をなでた。
俺の行為が偽善でしかないかもしれなくとも、せめてこの子達が俺の元を離れるまで笑顔でいられるようにこれからも頑張ろうか。
東の吉原、西の島原と並び評されるような未来にしないとな。
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