吉原工房の権兵衛親方の一日
さて、鈴蘭と茉莉花を身請けすることに対しての条件として吉原工場で専属の工場長として働くことになった権兵衛親方は来る日も来る日も仕事に精を出していた。
「俺が頑張れば鈴蘭ちゃんや茉莉花ちゃんが遊女を続けて、大変な思いをしなくてすむんだから頑張らんとな」
親方たちが今現在一番多く作っているのは涼しいと好評な手回し式扇風機である。
しかし、取手を回す標準的なものも卓上に置く小さなものと床に置く大きなものに別れるし、その他に大型のものにはクランク機構を使った足踏み式のものや取手を2つにしてその上に座って自転車のように漕ぐ足こぎ式など、手で回すよりも楽なタイプの大型化したものも作っていたりする。
大型のものには棒軸受けを入れて軸の回転が楽になるような工夫もしている。
当然試しに回してみて上手く動かないものは作り直しだ。
「これなら売った先からの文句もこないだろう」
季節商品である扇風機は今が売れどきだと三河屋楼主に最優先での生産を指示されているのだが、すべてを同じ大きさで作ればいいわけでもなく場所によって大きさを変えたりもしないといけないので結構大変だったりはする。
無論その他にも日用品としての火付け筒や洗濯盥、床板掃除取手(モップ)などの生産も受注があれば行っているのだが。
江戸時代の職人は毎月の1と15日や1・11・21日もしくは1・6・11・16・21・26日を休日にすることが多く、そのほかにはそれぞれの同業者の株仲間で取り決めた定休日や祭りなどの行事にともなう休日があったのだが、親方はほとんど休みを取らずに働いていた。
もちろんそれは少しでも早く二人を完全に身請けしたいからであるが600両(おおよそ6千万円)分を稼ぐのはやはり大変だ。
彼はだいたい明け六つ(おおよそ6時ごろ)に目を覚まして顔を洗ったり、ひげも剃ったり、うがいなどをして朝飯を下女に作らせておき、その間にすでに開いている湯屋へ行きひとっ風呂浴びて戻ってきたら、六つ半(おおよそ7時)頃に朝食を軽くたべる。
「うむ、なかなか良い味の味噌汁だな」
親方は下女を褒めた。
「はい、今回は自信ありました」
親方は頷く。
「うむ、美味い味噌汁を作れるのはいいことだ」
そして工房での仕事の開始は朝五つ(おおよそ8時ごろ)くらいから。
「よ~し今日の仕事を始めるぞー。
そして今日も一日怪我のないように皆頑張れよー」
親方の下で働いている見習い達は元気に声を返す、
「はい!」
そしてみんなで体操をした後で各自に割り振られた作業を行う。
そして昼四つ(おおよそ10時ごろ)の鐘がなれば一切り(30分ほど)小休みの時間だ。
なんだかんだで力仕事なので休憩は重要である。
そして休憩が終わればまた作業開始で昼9つ(12時)の鐘がなれば昼休みで半刻(おおよそ1時間ほど)の食事休憩の時間があった。
「みなさ~んお昼でやんすよ」
今日は鈴蘭が昼飯を作るのを手伝ったようだ。
「うむ、いつもありがとうな」
鈴蘭と茉莉花の姉妹は花嫁修業も兼ねて時々工房の昼食づくりを手伝っていたりする。
「いやいや、親方はん働きずくめでたいへんでやんしょう。
わっちらこそありがたいこってす」
昼飯は結構豪勢なもので玄米飯に鯵の塩焼き、大根の酢漬け、蜆の味噌汁、それに納豆も加えられていた。
「うむありがたくいただこう」
しかしこれは夏などの季節で不定時法の江戸時代では昼間は時間が長くなりさらに暑くて皆がくたくたになっている事が多い、4月から7月は昼休みが1時間延長され一刻(2時間)になる。
そして昼休憩を終えるとまた作業を開始して昼休みが半刻なら昼八つ(14時時)一刻なら昼八つ半(おおよそ15時にまた一切り(30分ほど)小休みとともに軽く間食の”おやつ”を取り暗くなりはじめる夕方七つ半(おおよそ17時ごろ)には作業は終わりになり皆は片付けや掃除をする。
「みんな今日も一日おつかれさんだ」
「お疲れ様でしたー」
この後工房で働いている皆は湯屋に向かい垢を落とすが親方は三河屋の内湯で鈴蘭に背中を流してもらっていたりする。
「はあ、やはり湯船があるのはいいな。
疲れの取れ方が違う気がする」
「そうでやんしょ?」
鈴蘭はにこにこしながらそう答える。
そして暮の六つ半(おおよそ19時頃)にまた軽く夕食を取ればあとは寝るだけだ。
「さて明日も頑張んねえとな」
まだ姉妹を完全に身請けできたわけではないので寝床は一人だが、そう遠くない将来に姉妹二人と住むこともできるだろう。
親方はその日を夢見て明日も頑張るのだ。
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