ある日の吉原遊廓のお客達:秋田藩藩士吉原遊郭登楼編

 さて、吉原の劇場でお好み焼きの給仕をしてもらった女性である三津と再び出会った山本賢政は劇場の受付に抱えの見世が伊勢屋という見世であることを聞いてさっそくその伊勢屋に向かった。


「うむ、これはきっと運命なのだ」


 何やら一人納得したように頷く山本賢政。


 やがて、吉原細見に書かれている地図を目印に伊勢屋の前にたどり着いた。


 彼は見世先の男に声をかける。


「ここは三河屋楼主抱えの伊勢屋と言う見世で間違いないであろうか?」


 見世番は明るく答えた。


「はい、うちは伊勢屋で毎違いありませんがお遊びをお考えで?」


「うむ、そうだ。

 三津という娘はまだ空いているだろうか?」


 店番はニコリと笑っていう。


「はい、大丈夫ですよ」


「な、ならばぜひ遊ばせてほしいのだが。


「承知いたしました。

 それでは先にお部屋にご案内いたします」


「うむ、そうしてくれ」


 山本賢政は見世に上がると入り口で刀を預けそれとともに金2分を支払った。


「ありがとうございます。

 ではこちらへどうぞ」


 2階より二階番の男が降りてきて山本賢政を部屋に案内する。


「うむ」


 山本賢政は小綺麗な座敷へ案内された。


「何か飲み食いするものでも用意いたしますか?」


 山本賢政は少しだけ考えたが正直腹は減っていない。


「では、茶でも用意してもらおうか」


 二階番は頷く。


「では少々お待ちください」


 そして二階番は二階の一番手前の部屋にいる遣り手のところへ行く。


「三津指名のお侍さんは、茶を所望ですがどの程度で行きますか?」


 遣り手は煙管を更かしながらしばし考えて言った。


「まあ、そこそこ金はあるようだしそこそこいい茶は出しておきな。

 あとはお三津次第だね」


 遣手は禿の教育や将来の格の見定め、客の見定めなどを行う重要なポジションで、見世の掟を破った遊女への制裁なども行うため遊女からは恐れられ嫌われているが、遣り手の目利き有ってこその見世であり嫌われ役は必要なのである。


 無論そこに私情などが挟まれてくると見世が傾くわけであるが。


「わかりました」


 二階番はいわれたとおりそこそこの茶葉をもって部屋へ向かった。


「おまたせいたしました」


 そして二階番が茶を入れて山本賢政をもてなしていると外から声がかかった。


「伊勢屋楼主戒斗抱え三津はいりんすえ」


 その声にぱっと顔が明るくなる山本賢政。


「うむ、どうそ入りたまえ」


 すっと襖を開けて三津が部屋に入ってきた。


 入れ替わりで二階番がでていく。


「ではごゆっくりどうぞ」


 そして三津は山本賢政に頭を下げる。


「本日はわっちをお相手に選んでいただき誠にありがたき……」


 そういう三津に笑いながら言う山本賢政。


「ああ、そんな堅苦しいいのはやめようではないか。

 私はお好み焼きを焼いてもらったときのような君に相手してもらいたいのだ」


 三津はあははと笑いながら言う。


「あ、そのほうがいいのでしたらそうさせてもらいますね」


 とガラッと雰囲気を変える三津。


「お侍さん、お好み焼き屋のあとで劇場にも来てくれてたんですよね。

 私が”吉原娘。”だって知っていたんですか?」


 山本賢政は首を横に振った。


「いや、すまぬ。

 実は”吉原娘。”自体知らなかったのだ。

 だが、踊っていたものたちは皆よほどの修練を重ねたのだろうということはわかるぞ」


 それを聞いて嬉しそうに笑う三津。


「はい、見世の中で選ばれた遊女みんなで一生懸命練習しましたから」


「それは大変ではなかったか?」


「いえいえ、今の楼主様に変わってからは食べるものも良くなりましたし、遊女の仕事の空いた時間に練習しろなどというわけではなくちゃんと練習する時間をくださいましたから全然大変じゃなかったですよ」


「ふむ、良い楼主であるようだな」


「はい、でも楼主様いわく。

 ”情けは人のためならず、己のためのものである”なんだそうですよ、損して得取れとも言うそうですけど」


「なるほど、それは確かにそうであろう。

 そなたたちの歌や踊りがみていて感心するようなもので無ければ劇場から人も離れていくであろうしな」


「はい、そのとおりだと思います」


「ところで、三津殿はどこの国から来たのであろうか?」


「はい、生まれは出羽国の山の方です」


「ほほう、私も明暦の大火で一度国に帰っていたのだが江戸も復興したからと秋田よりやってきてな」


「そうなのですか?」


「うむそうなのだ」


 そんな感じで二人は生まれた国が同じであると更に意気投合したのであった。


「それにしても三津殿なら”吉原娘。”の真ん中で主役を張っても決しておかしくないであろう」


「いえいえ、それはお侍様の贔屓目ですよ。

 やっぱり小太夫さんには人気ではかないませんし。

 ところでそろそろ床に入ります?」


 と三津は床に誘ったのだが……。


「いやいや、話だけで十分楽しいゆえ今日は床入りはやめておこう、ところで三津殿を身請けしようとしたらどのくらいの費用がかかるであろうか?」


 三津はわずかに苦笑しながら言った。


「そうですね、50両は最低でも必要かと」


「50両であるか……」


 その金額は彼が1年で使える額とほぼ同じであった。


 もちろんそれには食費や接待費などの絶対的に必要な支出も含まれている。


 通常は2分で遊べるからと言って身請け金がそんなに安いわけでもないのである。


 ともかく彼は三津と話ことで楽しい時間を過ごした。


 そして切り時間を測るための線香が燃え尽きて三津はいった。


「名残惜しいですが、そろそろ時間ですね」


「うむ、そうかあっという間であったな」


「階段までお見送りいたしましょう」


「うむ、きっとまた来る。

 文も送らせていただきたいが良いかな?」


「はい、喜んで」


 そして三津は階段で深々と頭を下げて彼を見送った。


「うむ、きっと運命なのだ、この出会いは」


 山本賢政は入り口で刀を受取り見世を出る。


 今よりも収入を増やそうとするのであれば何らかの”お役”につく要するに藩の役人になるか知行地の米の取れ高などを増やすしかない。


「待っていてくだされよ三津殿。

 なんとしてでも私が見受けしてもっと良い生活をさせてみせようぞ」


 その頃の伊勢屋では遣り手と三津が話をしていた。


「で、どうだい?

 あの男は常連になってくれそうかい?」


 三津は頷く。


「はい、あの方からはこまめに文を送ってもらえそうです」


 遣手はニヤッと笑った。


「そうかいそうかい、そりゃあいいことだ。

 なら細く長く搾り取るんだよ。

 金の切れ目が縁の切れ目だからねぇ」


 三津は頷く。


「ええ、彼に無理にお金は使わせないようにしていきましょう。

 細く長く通ってくれればそれはそれはありがたいことです」


 男女の間には温度差がかなりあるようであった。


 こうやって吉原の遊女にはまっていく男は少なくないのが実情であるのだが。 

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