ある日の吉原遊廓のお客達:仙台藩士吉原遊郭登楼編

 さて、吉原の運動公園で体を動かし、室内遊技場で暇をつぶした仙台藩士の平田源左衛門と藤枝宗輔は、本命である遊郭へ向かうことにした。


「いやいや、吉原も随分といろいろ楽しめるようになっていたのですな」


 そういう平田源左衛門はだいぶ楽しげだ。


「うむ、私もここまで変わっていることは知りませんでしたがな」


 藤枝宗輔はその言葉に頷いた。


「さて、そろそろ昼見世が始まる時間ですし向かいますかな」


「うむうむ、そういたしましょう」


 室内遊技場から仲通りに戻りさてどうするかと思案する。


 もちろん揚屋遊びをできるほど懐の余裕は二人にはない。


 二人はとりあえず大見世の遊女を見に行ったのだが……。


 大見世の格子の中には誰もいなかった。


「だれもいませんな」


 平田源左衛門は首を傾げた。


「うむ、まあ大見世は昼は予約のみに完全になってしまったようだな」


 と藤枝宗輔は答える。


「そのようですな、まあ、昼は遊郭遊びをする人間は少ないので致し方ないのでしょうが」


「全く残念ではあるな」


 二人は顔を見合わせて苦笑すると中見世のある奥の方へ進んでいった。


 中見世は昼からちゃんと店を開いていて格子の中には遊女が座ったり立ったり貸本を読んだり歌留多をしたりしながら客待ちをしているようだ。


「ふむぅ、皆綺麗でなかなか悩みますなぁ」


「まあ、急ぐこともありますまい、見て回って決めてもよいのではないですかな」


「うむ、そういたしましょう」


 こうして二人は中見世を見て周り、しかしどうにも決めきれずある見世の前で足を止めた。


「正直、どこの見世がいいとも、わかりませんしここで遊んでゆきませぬか?」


「うむ、私もそう思っていたところだ」


 いい加減見て回るのにつかれたので”岡本屋”と言うらしいその中見世で二人は遊ぶことにした。


 しかし、格子の中にいる遊女をみても白粉などの化粧も有って正直どの娘がいいかもすぐにはきめかねた。


「ううむ、どの娘が良いかな」


 そんな二人の元へ見世の客引きらしき男がそそっと寄ってきて平田源左衛門たちに囁いた。


「特にこの子が良いというのがなければこちらでおすすめの娘を見繕いますがいかがでしょうか?」


 ここまでくれば見世の男の言うことに従ったほうが良いのかと平田源左衛門は頷いた。


「うむ、ではそうしてもらおうか」


 客引きは藤枝宗輔にも声をかけた。


「そちらのお侍さんもどうです?」


「むぅ、いや私はそちらの娘さんと遊ばせていただきたい」


 指名された遊女はニコリと微笑んだ。


「おや、わっちでありんすか?

 それはまっことありがたいことでござんすどうぞお上がりなんし」


 藤枝宗輔は頷いた。


「うむ、では上がらせてもらうとしよう」


 先に上がっていく彼に平田源左衛門が声をかける。


「では、終わりましたら表でおちあいましょうぞ」


「うむ」


 藤枝宗輔は頷くと入り口で刀を預け金2分を支払った。


 そして指名した遊女に手をひかれて二階に上がる。


 その後に平田源左衛門も入り口で刀を預け金2分を支払った。


 こちらは一人で部屋へ向かうことになる。


「では、お侍様はこちらのお部屋で少々お待ちください」


「うむ、わかった」


 ここはいわゆる廻し部屋だろうか、自分も指名したほうが良かっただろうかと平田源左衛門は少し後悔した。


 ・・・


 さて、見世にはいってきた遊女をおまかせの客に対してどの遊女をつけるか決めるのは遣り手の仕事である、そしてこの客に対しての遊女の付け回しは見世の生命線でもある。


「ふーむ、なかなかいいところのお侍さんみたいだねえ。

 清(きよ)に相手させな」


「へい、承知しました」


 清はこの店ではお職を張る人気の遊女である。


 ・・・


 藤枝宗輔は遊女の部屋に案内されて上座の床に座った。


「お客はん、わっちをお選びいただきありがとうござんす まずはゆっくりくつろぎなんし」


 藤枝宗輔は頷いた。


「うむ、あちこち歩いたのでので少し休ませてもらうぞ」


「では、お茶をお出し致します。

 御御足の按摩でもやりんすか?」


 藤枝宗輔は頷いた。


「そうしてもらえると良いな」


「では、まずは茶をどうぞおあがりなんし。

 その後で布団に横になりなんし」


 藤枝宗輔は頷いた。


 そして彼女の出した茶を飲んだ後布団に横になった。


「少々痛くなりんすよ」


「うむ、ではやってくれ」


 遊女がふくらはぎをさすったあとで、ピンと張っている筋をキュッと押さえた。


「ぬおお!」


「ほんま、筋が棒のようにはっておりんすなぁ」


「うむ、まあそうかもしれぬ」


 その後もしばらくは”ぬおお”などという声が響いていた

 ・・・


 平田源左衛門が待っているとやがて部屋の外から声がかかった。


「本日のお相手を勤めさせていただきやす清(きよ)と申しんす」


「ああ、どうぞはいってくれ」


 入り口の襖が開くと綺麗な遊女がそこに居た。


「では、失礼しんす」


 そういって清は部屋に入ってきた。


「おまたせしんした。

 まずは酒でも一献いかがでござんす?」


 平田源左衛門は頷いた。


「じゃあ、貰おうか」


 清が外いる二階番に声をかける。


「酒と肴を一等上等なもので」


「ヘイ承知しやした」


 そして運ばれてくる清酒に干し貝。


「では早速一杯、おあがりなんせ」


 清が盃に酒をつぐとそれを飲む。


「うむ、良い酒だな。

 しかし良いのかね?

 きっとこれは高いものだと思うが」


「ほほ、そこは損して得取れというものでござんすよ。

 わっちら昼見世に出るものにはお客はんにもう一度来ていただくことが一番でやんすから」


「なるほど、そういうものか」


「あい、そういうものでありんすよ」


 ・・・


 その後二人は存分に女体を貪った。


 そして、時間を測るための線香が消えれば今日はお別れであった。


 ・・・


 見世を出たのは藤枝宗輔が先。


 階段で遊女が彼を見送る。


「どうそまたおこしくんなまし」


 彼は頷く。


「うむ、脚も軽くなったしまたいずれ越させてもらうぞ」


 その後少し送れて平田源左衛門が清に見送られたあと、二人は預けていた刀を受け取って見世を出た。


 そして二人共晴れやかな表情であった。


「うむ、吉原というのは誠にいいところですな」


「全くですな、これからも月に一度くらい来るようにしませんかな」


「うむ、そうしましょう」


 二人は仲通りに出ると大門をくぐって吉原の外に出て、朝方に馬と編笠を預けた編笠茶屋に吉原用に借りた編笠を返して、来たときにかぶっていた編笠と馬を受け取ると藩の屋敷へ戻っていった。

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