そろそろ暑くなるし羊たちの毛を刈ってやらんとな。

 さて遊女が衣替えをする季節とはそれなりに暑くなって冬の衣服では暑すぎる季節ということだ。


 そうなると動物たちも冬毛から夏毛に毛が生え変わったりする。


 しかし、ひつじは人間が毛を刈り取ってしまうことから毛の生え変わりというのはなくなってしまったらしい。


 ひつじの原種のムフロンにはちゃんと生え変わりはあるらしいから長年の習慣というのは怖いものだ。


「さあ、お前さん達毛を狩るからじっとしてろよ」


 ひつじを股の間に挟み込んではさみでチョキチョキ毛を刈っていく。


 電動のバリカンなどはないから意外と重労働だ。


 ちなみに寒冷なヨーロッパでは羊毛がずっと衣服の中心素材だった。


 ちょっと暑いところでは亜麻もあったけどどっちかというと緯度の高いヨーロッパは寒いことのほうが多いからな。


 ナポレオンの時代でも軍服は羊毛だったのでエジプト遠征の時は兵士は暑さで倒れるものが続出したくらいだ。


 時代が下ってきて大航海時代が始まりヨーロッパとインドの交易ルートが確立した17世紀後半くらいからヨーロッパでも綿織物が普及するんだがそれまでは寒い季節は羊毛一択だったわけだ。


 羊は西アジアで家畜化されたがかなり古くから中国にも伝わっていて何度か日本にも持ち込まれたがその飼育はなかなかうまく行かず羊は家畜として定着しなかった。


 理由は日本の夏の蒸し暑さだな、中国北部は涼しいが日本の夏はむちゃくちゃ蒸し暑い。


 羊は日本の夏のこの暑さに耐えられなかったわけだが、それはちゃんと毛刈りをしてやらなかったからだ。


「まあそりゃこんなにふわもこな毛を日本の夏で身にまとったまんまじゃ暑くて死んじまうよな」


 幸いこの江戸時代では比較的涼しい方なので羊にとってはまだ過ごしやすい方だろう。


 山羊に比べると羊は基本草しか食わないのでちょっと大変は大変だが田畑に生えてくる雑草なんかは引っこ抜いてやれば羊のいい餌になる。


 こういうのはイネ科の粟や稗の野生種だったりするので意外に栄養も豊富だ。


 そして羊は馬や牛に比べれば比較的従順でおとなしい。


 だから世界的に見るとかなり重要だし遊牧民にも必須な家畜だったんだけどな。


 日本は山がちで田畑に向かない場所も多いがそういった場所に放牧すれば乳を採ることもできるし、温かい衣服を織れる繊維も取れる。


 中部の山間の甲府や松代、関東北部の山岳地帯や東北地方など寒くて稲が育ちにくい場所では特に乳は重宝するはずだし毛織物は暖かくてよいはずだ。


 そういうわけで今日は水戸の若様、会津、甲府、館林の殿様に来てもらっている。


「まずは皆さま搾りたての山羊や羊の乳をどうぞお召し上がりください」


 俺は山羊や羊の絞った乳を入れた器を殿様たちに差し出した。


「ふむ、悪くない味だな」


「結構甘いものなのだな」


 殿様たちには割と好感触なようだ。


「はい、生まれたばかりの赤子が乳だけで育つように乳というのはそれだけでも生きていけるほど素晴らしい飲み物です。

 特に山羊乳は人間の赤子に飲ませても大丈夫ですし山羊は草だけではなく樹皮なども食いますので山の中でも育てられます。

 最も狼には注意しなくてはなりませんが」


 水戸の若様が頷く。


「うむ、それは良いな」


 俺も頷く。


「はい、また水戸の若様はご存知かと思いますが羊や山羊の毛は綿と同じように温かい衣装に

 することができます。

 羊は暑さに弱いのでいまくらいの時期になったらちゃんと毛を刈ってやらないと暑さにやられて死んでしまいますのでどちらにしろ毛刈りはしないといけませんが」


 水戸の若様が言う。


「うむ、めりやすの足袋は実に暖かくて良い。

 で、我々を呼んだということは羊や山羊をそれぞれの藩の領地に我々が持って帰るためであるかな?」


 俺は頷く。


「はい、皆さまの領国は稲作に適さない地域も多いかと思います。

 ぜひ、羊と山羊を領国へ連れていき領民の間に飼育を広めていただきたいのです。

 無論囲いを作り田畑の作物を羊や山羊が食わないようにする必要はありますが」


 水戸の若様が頷く。


「うむ、ではありがたく貰っていくぞ」


 会津の殿様も言う。


「うむ、山の中の会津でも役に立ちそうな家畜であるな。

 もらっていくとしようぞ」


 甲府の殿様や館林の殿様たちも羊と山羊を供の者に指示して持って行かせようとしている。


「うむ、甲斐は豊かとはいえぬからな。

 こういった家畜がいれば領民も助かるであろう」


「うむ、館林もそうだ。

 礼を言うぞ」


 俺は館林の殿様に念のため言っておく。


「館林は夏は暑くなる場合もあるようですのでその時は涼しい場所に移動させるようにしてやってください。

 そうでなければ暑さで倒れて死んじまいますので」


「うむ、伝えておこう」


 俺はさらに犬猫屋敷の犬が盲人の手助けをできるようになったことを伝えた。


 そこに食いついてきたのは館林の殿様。


「ふむ、我が藩の城下でも同じことができるか?」


「はい、可能だと思います」


「なるほど、ではやり方を我が藩の藩士にも教えてやってほしい」


「分かりました、喜んでやらせていただきます」


 さすが犬公方といわれた綱吉公ではあるな。


 最も江戸程ではないにせよ犬猫を斬り殺して食わなくなるのであれば野犬対策はどこでも必要だろうから同じような設備が増えるのはいいことだと思うぜ。


 そうすれば赤ん坊や老人が襲われることも減るだろうしな。

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