まずは毛糸を作ってついでに毛糸や綿や人形の虫よけのために樟脳をつくろうか
さて、羊の毛を刈ったからといって、それがすぐ毛糸になってくれるわけではない。
これは木綿でも麻でも苧麻でも絹でも同じであるんだが毛糸の場合は動物の体毛であることもあって、木綿などとは違う手間もかかる。
まず毛刈りをして刈り取った羊毛の汚れを落とす必要がある。
刈り取った羊毛を綺麗な水の入った大きな桶に一晩漬け置きしたあとで石鹸で丁寧に手洗いするのだ。
これで毛に付着している羊の汗に含まれている脂や土、砂埃などを落とすのだ。
この時洗濯盥を使うと羊毛がねじれ固まってしまうので面倒でも手で洗わないとだめなんだなこれが。
洗い終わったら陰干しして一度乾燥させてからまとまって丸まった羊毛を、毛先を引っ張りながらほどいていく。
この時に毛に絡まってしまっているゴミなども取り除く。
あとは紡錘車(スピンドル)なり糸車なりで糸に紡ぐ。
この時に均一な太さに糸を切らないように糸を紡ぐのは結構大変なのだ。
手作業では10gの糸を紡ぐのに初心者では約3時間、熟練者でも約1時間から2時間かかるのだがこれを機械的に簡単にできるようにしたのが産業革命の紡績機だな。
もっとも麻であれ木綿であれ絹であれ糸車を用いての糸紡ぎは農村ではみな子供の頃から習うもので、江戸のように布が反物で最初から売っていたり、古着を買ったりするほうがむしろ例外なんだけどな。
「よっと、こりゃ意外に難しいな」
最近俺は十字屋でも遊女と一緒に飯を食うことにしている。
そうすれば親近感も湧くんじゃないかな。
最も三河屋の遊女ほどは親しくなれてる感じはしないがこれはしかたあるまい。
そして食後の広間で紡錘車で毛糸を紡ぐのに悪戦苦闘している様子を見て、津軽から売られてきた禿の娘飛鳥が声をかけてきた。
「楼主様、何をやってるんでやんすか?」
俺はそれに答える。
「ああ、暑くなってきたんで羊の毛を刈ったから糸にしようとしてるんだがなかなか均一の太さにするのは難しくてな」
「ならわっちがやってみやしょうか?」
俺は飛鳥の提案に頷く。
「ああ、頼めるか?」
「あい、わっちにおまかせありでやんすよ」
飛鳥は器用に紡錘車をまわしながら糸を紡いでいく。
「おお、すげえうまいな」
俺が褒めると飛鳥は照れたように言った。
「てへへ、それほどでも。
おっかさんがやってるのをちょっと手伝ったりしやしたからでやんすよ」
などと言っていたらう糸がプチッと切れてしまった。
「ありゃ、すまん、俺が声をかけたせいか」
「いやいや、そんなことはないんでやんすよ。
これはこうすれば」
と糸をつなぎ合わせてそのまま糸を紡いでいく。
「へえ、そうやってつなげていくんだな」
「あい、機織りする途中で糸が入れた場合もちゃんと結び直せば大丈夫でやんすよ」
「なるほど、自分たちで糸を紡いで布を機織って服にしてるってのはすごいな」
「別にすごくはないんでやんすよ。
津軽じゃそれが当たり前でやんす」
「なるほどな、それじゃ手間賃出すからお前さんやお前さんの友達に羊毛を糸にする作業をやってもらえんかな?」
「あい、大丈夫でやんすよ。
ただ、糸紡ぎをするということをわっちらの姐さんには楼主様からいっておいてくれます?」
「おう、そうしないとお前さんたちが逃げだしたと思われちまうもんな」
俺は津軽から来た娘達を配置した見世や店の上役に説明して羊毛の糸紡ぎをやらせることを説明して彼女たちを、工場に連れて行った。
「うわ、広いばしょでありんすな」
「おう、何かを作るための専門の場所だ。
お前さんたちに頑張ってもらうために場所を開けてもらったんだぜ、頑張ってくれな」
「あい」
「頑張りんすよ」
こうして津軽から来た娘達は暫くの間は皆で羊毛を糸に紡ぐ作業をしてもらうことにした。
仲良く喋りながら糸を紡いでいる様子は見ていて微笑ましいな。
そして20人もいれば、作業もそのうち終わるだろう。
これが通年でできる作業なら下女の娘はこっちの作業に専念してもらってもいいんだけど今はそんなに羊毛の量はないしな。
ついでにクスノキから作れる天然成分の防虫剤である樟脳(しょうのう)も作ろうか。
化学繊維と違って動物性繊維は特に虫に食われやすいからな。
樟脳(しょうのう)は別名カンフルといわれ、血流促進作用や鎮静作用、消炎作用があるため、湿布などのひんやり成分にも使われている。
樹木は動けないのでカビや細菌、昆虫などに食われないようにいろいろな工夫をするがそういって外敵から身を守るために作り出す成分が”フィトンチッド”だ。
これは森林浴で人間には良い効果をもたらすと考えられている成分でもある。
たとえば、桜餅や柏餅を桜や柏の葉で包むのは乾燥防止や香り付けの意味合いもあるが抗菌作用によるカビや防腐のためでもあるのだな。
ヒノキの臭いにも防虫作用があるのでヒノキが高級建材として使われる理由の1つであったりもする。
で、樟脳はクスノキの根や幹、小枝の切片(チップ)や葉を水蒸気蒸留すると樟脳精油とともに泥状結晶を抽出できる、これを濾取(ろしゅ)すると粗製樟脳ができあがる。
これをさらに分溜すると精製樟脳が出来上がる。
蒸留自体は精油を作ったりする蒸留器の”ランビキ”は普通に手に入るから問題はない。
日本で蒸留器が出現し発達したのは、中国における医術や煉丹術が伝わったわけではなく、朱印船貿易で東南アジアの蒸留酒が琉球王国に伝わりそれが泡盛となって、薩摩に焼酎として伝わって日本全国に広まったようだ。
「まあ、蒸留が手軽にできるようになったのはありがたいことだな」
最も小型のランビキで樟脳を大量に製造するのは難しいがそもそもクスノキの木自体が九州には多いが関東には少ないものなのでちょうど良いかもしれないが。
クスノキの精油はミントオイルと同じように蚊、蝿、ゴキブリなどの虫よけにもつかえるし、肌に塗れば冷涼感を味わうこともできる。
「とりあえずできた樟脳は店の箪笥や倉庫の人形の近くにおいておくか」
人形の髪の毛は人間の髪の毛を使ってるので虫に食われることが有ったり、ゴキブリは人間の髪の毛が好物だったりするのでゴキブリを寄せる原因になる可能性もあるからな。
また羊毛や絹は動物性タンパク質の繊維ですから虫食い被害に遭う可能性は高いが綿や麻などの植物性繊維でも食べ物のシミなどがついているとそこから食われる可能性がある。
なので防虫対策をしておくことに越したことはないのだな。
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