幾世餅を見習って桜と清兵衛に桜餅を作らせるとしようか

 さて、桜は無事迎えが来て間夫の清兵衛と一緒になった。


 二人は浅草門前で茶屋をやるそうだが、米屋は年末に餅つきをしたりもするから餅や団子を作ることに関してはたぶん問題ないだろう。


 このあたり菓子屋と米屋の境界が曖昧なのは江戸時代らしいよな。


 ちなみに餅は米粒のままのものをついて丸めるもので、団子は粉に引いてから丸めたものなので別物と言えば別物だが基本的には米が原料なのは一緒だ。


 そして茶に関しては桜は玄人だ、もちろん問題ない。


「かといって、繁盛するかはわからねえけどな」


 とりあえず俺は茶屋の様子を見に行くことにした。


 うーむ、新装開店したばかりではあるんだが、取り立てて繁盛してるとはいえないようだな。


「へい、いらっしゃい。

 おや三河屋の旦那きょうはどうしやしたんで」


 そういって俺を迎え入れたのは清兵衛。


「おう、お前さんや桜の様子を見に来たんだよ」


 そして奥から桜が出てきた。


「あら、若旦那、いらっしゃい。

 いったいどうしたんだい?」


 俺は苦笑して言った。


「なに、お前さんたちの商売が繁盛してるか見に来たんだよ。

 とりあえず茶と団子をくれるか?」


 清兵衛はニコリと微笑んで桜に伝える。


「へい、ありがとうございやす。

 桜さん頼めますか」


「あいよ」


 そう言って桜が奥にいってしまった。


「おいおい、お前さんが残って桜を奥に入れたら客寄せにならなくねえか。

 茶屋の売りの1つは看板娘の存在だぜ。

 むさ苦しい男が表に立ってるより

 綺麗な女が表にいたほうがいいんじゃねえか」


「うむむ、そうですか」


「そうだと思うぜ?」


「でも、それではなんだか桜さんを見世物にするようで申し訳ないです」


「いやいや、桜はそんなふうに思わないと思うぜ。

 それにな、なんだって桜さんってさん付けなんだよ」


「え、それは、三河屋さんの太夫さんですから」


「おいおいおい、桜はもう三河屋の遊女じゃなくてお前さんの家内だぞ。

 なんでそんなに他人行儀なんだよ」


「でも、桜とか呼び捨てにしたら偉そうに思われませんか」


「そんなこたあねえよ。

 むしろ一緒になったのにずっとさん付けで呼ばれ続けるほうが傷つくって」


「そ、そうでしょうか?」


「そうだよ、親しき仲にも礼儀ありってのも事実だがあんまり遠慮されるのも逆に悲しいと思うぜ」


「じゃ、じゃあ、次から桜ってよんでみます」


「おう、やってみてくれ」


 そんなことを言っていたら桜が団子と茶を持ってやってきた。


「若旦那、おまたせしんした」


 俺は桜から茶と団子を受け取る。


「おう、なかなかうまそうじゃねえか」


 桜が笑いながら言う。


「うちの旦那の団子はなかなかのもんだよ」


 ふむ、本当に素の団子と抹茶だな。


 一つ食べてみるか。


「うむ、たしかにうまいが……どこにでもある味だな」


 そりゃ材料が普通の米粉なら他と変わらんよな。


 そして清兵衛が桜に言う。


「あ、あのな桜、俺の代わりに店頭に立ってくれるか?」


 桜はぱっと笑顔になった。


「ああ、もちろんさね。

 まかしておくんなよ」


 これで少しは安心かね。


 桜なら上手く客をひきつけたり楽しく話したりもできるだろう。


 しかし、何か目玉になる食い物のメニューはほしいな。


 なら幾代餅のように桜の名をつけた桜餅や桜大福はどうだ?


「おい、清兵衛さんよ。

 ちょうど花見の季節だし、桜の名前をつけた餅や大福を作ろうぜ」


「お、おう。そいつはいいと思いますが実際はどんな感じにするんです?」


 桜餅には関東系の長命寺餅と関西系の道明寺餅がある。


 長命寺の桜餅は享保二年(1717年)に、元々は寺の門番であった山本新六が門前で山本屋を創業し売り出したのがはじまりとされるようだ。


 道明寺餅は江戸の長命寺餅の流行の後に作られたらしい。


 米粉や小麦粉を水で溶いてクレープのように薄く焼いてそれをあんこに巻きつけるようにするのが関東風で、もち米を一度蒸して、乾燥させて粗く砕いた道明寺粉であんこを包むのが関西風。


 道明寺粉のもとになったのは干飯(ほしいい)で古くは平安貴族なども再掲などの時の携帯食として用いていたが戦国の時代には武士の携帯食として用いられ、お湯でもどして粥のようにして食べた。


 関東風は小麦粉だし焼いてるしで厳密には餅じゃなくねという話もあるが気にしてはいけない。


 どちらも塩漬けにした桜の葉っぱで包んで乾燥を防ぐし中にはあんこを入れるが関東はこしあんで関西はつぶあんらしい。


 俺はこしあんのほうがすきだけどな。


 でもまあ、元米屋が作るなら道明寺のほうだろう。


「とりあえず俺が作って見せるから見ながら覚えてくれ」


「ああ、はい、わかりました」


 まず道明寺粉を作るために餅米を洗って蒸し上げて、それをザルで乾かす。


 乾いたら杵と臼をつかって適当に砕く、別に大きさは均等でなくてもいい。


 紅花の紅を少量の水にといて道明寺粉に加えて均一に混ぜ合わせて薄紅の桜色にする。


 そして蒸気の上がった蒸し器に、堅くしぼったふきんを敷き、その上に道明寺粉をのせて、強火で約15分蒸仕上げる、これで餅の方は出来上がりだ。


 後は小豆の餡を餅で包んでそれを桜の葉っぱで巻けば出来上がる。


 桜の葉っぱは去年の秋に大量に落葉となって処理に困ったものの一部を火口の火付けをするために取っておいたものを洗って塩漬けにして使う。


 道明寺粉ではなくきめ細かく砕いた餅を使えば大福だな。あんこは砂糖ではなく塩を入れた塩餡だがこれはこれで意外と甘いぜ。


 スイカに塩を振って食べると甘みが増すのと同じ原理だな。


「どうだ、ちと食べてみてくれ」


「ふむ、美味しいですね」


「よし、じゃあ今度の吉原の花見の時に100個ほど作って持ってきてくれ」


「ひゃ、百個ですか?」


「ああ、そんぐらいすぐ無くなると思うけどな」


「そ、そうなのですか?」


「ああ、今年の花見は参加者も多いだろうし」


「わ、分かったやってみますぜ」


 まあ、これで水戸の若様なんかに気に入ってもらえれば宣伝もしてもらえるだろう。


「それから普段は桜が店の店頭でもちを作ってみせたほうがいいかもな。

 なんせ桜餅だ」


「あ、ああ、そうですな、そうしてみます」


 これで少しは店が繁盛するといいんだがな。


 まあ、人気になれば真似をするやつも出てくるんだろうけど。

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