今年の桜の花見は盛大にやろうじゃないか

 さて、清兵衛達に花見の席で桜餅を100個作るようにさせて、いつものように花見を開くことを俺が持ってる見世の遊女たちに伝える。


 なんだかんだで江戸時代の三月といえば何と言っても桜の花見がメインだからな。


 今年も3月の一日から月末までの間は、吉原の仲通りには、箕輪や駒込の植木屋に取り寄せさせた鉢植の桜が道の真中などに飾られて吉原を春色に彩ってるぜ。


 大見世では部屋の床の間などに切見世では庭先などにも桜の鉢植えは飾られていてどこでも桜を眺めることができるようになっている。


 去年と同じく仲通りに面した遊女屋などには提灯が飾られ、夜にはその明かりでライトアップされた夜桜見物に人が集まってきている。


 もちろん去年より若い女やちょっと離れた場所から来た家族連れなどもいるぜ。


 去年は三河屋だけで内証の花見をおこなったが、まあそこそこ楽しかったな。


 俺がこの時代で目覚めて初の大きなイベントでも有ったし。


「さて、今年は吉原全体で盛大に花見会を催すぞ!」


 桜の姿がなくなってしまったのは少し寂しいが、まあ、良いことだ。


 俺の言葉に藤乃が頷く。


「あいよ、今年は去年よりもっと盛り上げまへんとなぁ」


 鈴蘭と茉莉花も楽しそうだ。


「お姉ちゃん、親方にも今日は楽しんでもらわないとね」


「ああ、そうだね」


 比較的新入りの菫はびっくりしているようだ。


「わっちも馴染みさんをもっと増やさんとあきまへんな」


 すみれの言葉に俺は答える。


「まあ、別に焦ることはないぜ」


 格子太夫クラスになるとなじみ客に払わせる金もバカ高いからな。


 ここで焦ってなじみ客増やそうとして自滅するやつも多い。


 しかし、こういう場合は無理せずリピーターを増やすのが一番なのだ。


 まあそんな感じでいつものごとく遊女たちは馴染みの客を呼び、金を払ってもらって一緒に吉原の外の桜を見に出かけるわけだ。


 今年は吉原全部が昼見世休みで花見に参加するぜ。


 まあ、大名や武士の殆どは花見に参加するから昼見世を開ける意味がないしな。


 去年のように客と遊女が連れ立って逃げないようにとか考えなくてもいい程度には吉原の見世の遊女に対する扱いも良くなってるはずだ。


 もちろんそういう理由とは別に若い衆や針子などの下女、俺の持ってる劇場や美人楼、万国食堂や花鳥茶屋などの従業員やいつも世話になってる大工衆も花見には全員参加だ。


「やっぱ桜餅100個じゃ到底足りなかったかな。

 1000個ぐらい作らせるべきだったか」


 いや手作りで長持ちしない桜餅を当日1000個は流石に無理かもしれんけど。


「わーい、美味しいものがいっぱい」


「いっぱいー」


 今年は養生院の病人の中でも動けるやつや養育院の小さな子どもたちも一緒だぜ。


 まあ、やっぱり養生院や犬猫屋敷の場合は非番以外は仕事があるから参加できないんだけどな。


 みんなで連れ立って歩いていき大川の堤の桜の樹の下に幔幕を張りめぐらせて、その中に緋色の毛氈や床机を敷いて、客と晴れ着に着飾った女たちが桜の花を見ながら、客に酒の酌をしたり、食べ物を勧めたり、歌ったり踊ったり三味線や琴を弾いたりしている。


 歌も俺が教えている和風ボカロ曲などが加わって曲の種類も増えてきた。


 夏くらいにはまたのど自慢大会を開いてみていいかな。


 そんなことを考えていたら清兵衛と桜がやってきた。


 大八車に箱を載せているからあれが桜餅だろう。


「三河屋さん、頼まれました桜餅100個お持ちしました!」


「おう、ご苦労さん!」


 ちなみに今日の桜餅には奮発させて砂糖餡を入れさせた。


「水戸の若様、おひとついかがですか?」


「ほう、また新しいものかね」


「まあ、そんな感じです」


「うむ、ではいただこうかの」


 俺は桜に桜餅を持ってこさせて、水戸の若様にわたしてもらった。


「ふむ、濡らした桜の葉っぱで餅を乾燥させぬようにしておるのだな。

 では一口……」


 桜餅をパクリと食べる若様。


「うむ、道明寺粉のつぶつぶした食感に餅に移った桜の葉の香りがなんとも風流よな。

 そして口の中でほぐれる餅の繊細な口当たりに甘いあんこがなんとも嬉しいのう」


 他の殿様たちにも桜が桜餅が手渡していく。


「うむ、これはなんともうまいですな」


「うむ、三河屋の宴席はこれですから面白いですな」


 どうやらみんなには好評なようだ。


 まあ、甘いものには皆飢えてるしな。


 俺は殿様たちに頭を下げながら言う。


「これからも富士家清兵衛の桜餅をどうぞご贔屓に」


 清兵衛と桜も頭を下げた。


「うむ、浅草に来たときには立ち寄らせてもらうとしようぞ」


 水戸の若様はいい笑顔で言ったのだった。


 これで水戸藩のお墨付きをもらったようなものだな。


 ちなみに残りの桜餅は各藩邸の奥方や禿や養育院の子どもたちが食べた。


「ん、あまくて美味しーね」


「本当だね」


 養育院の子どもたちが幸せそうな笑顔で桜餅を食べるの見れれば、捨て子であるという不幸を多少は相殺できたろうか。


 将来この子達が吉原の禿になるとしてもそれが不幸だと思われないような存在に吉原遊女をしたいものだ。

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