桜の年期明け・その前に誤解が解けてよかったな

 さて、3月11日になり3月15日の桜の年期明けももうすぐだ。


 そして桜が間夫の清兵衛の店に行ったら何やら若い女と楽しそうに話していたという。


 桜の勘違いとかならいいんだが、半年の間に気が変わって他に女を作ったとかだったらほおっておくわけにもいかんし、ちと調べなきゃならんな。


「桜、とりあえず俺の方でも調べておくからそれまでは早まった真似はすんなよ」


 桜はうなだれながら答える。


「あい……」


 この江戸時代だと恋愛沙汰でこの世をはかなんで心中したり入水したりする例が結構有ったりするからな。


 桜がせっかく幸せになれそうだってのになんでこんなことになっちまうかね。


 まあ、心変わりなんてのもよくある話であはるんだが……。


「とりあえず俺が様子を見に行ってくるわ」


「あい……」


 いかん、こいつは重傷だな。


 早く何とかしないとまずそうだぞ。


 水茶屋への捜査のときと違って目立っちゃいかんからとりあえず俺一人で行ってみるか。


 俺は目立たない服装に着替えて日本橋へ向かった。


「流石に日本橋は活気があるな」


 日本橋は慶長8年(1603年)に徳川家康の全国道路網整備計画に際し、初代の橋が架けられ、東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道の基点となった。


 旧吉原も日本橋の中の東の端にあったんだが町が発展すると遊郭が商店街のどまんなかにあるのはまずいと移転する事になり今の浅草に移ったわけだ。


 江戸時代には江戸橋はすでに江戸の商業と文化の中心地として栄え、金座や銀座、呉服問屋の大店、魚河岸や青物市場なども立ち並ぶ江戸の経済の中心でもあったんだな。


 そして米も大阪から運ばれてきて日本橋で水揚げされていたので米問屋もたくさんあるわけだ。


 まあ、旗本や御家人が米を受け取るのは浅草の蔵前なんだが、このあたりは今年から少し変わり必要最低限は米で支給するが基本は金や銭で支給になるらしい。


「まあ、札差ばかりに儲けさせてもな。

 そのあたりは水戸の若様が筆頭にすすめてくれてるらしいが」


 日本橋川沿いの河岸には白壁の土蔵が立ち並び、大阪から来た千石船は品川沖で荷を小舟に積み替えて大川から日本橋川へと入り、桟橋に荷揚げすると担いで蔵に運ばれていく。


 まあ今日は殆どの店は休みだけどな。


 商家は1日、11日、21日はだいたい休みなのだ。


「さて、桜の間夫のいる米問屋は……あそこか」


 様子を見ようとしたらちょうど桜の間夫である清兵衛が10代なかばぐらいの結構綺麗な若い女と何処かに出かけるところだった。


「……まじか」


 こいつは流石に言い訳できねえな、とは言えどこに出かけるのかぐらいは抑えておかなきゃなるまい。


 そして二人が仲良く連れ立って入っていったのは日本橋の小間物屋。


 女性の化粧用品などをおいている店だな。


「小間物屋?女への贈り物か?」


 とりあえず俺も入っていって会話を聞くとしようじゃねえか。


 清兵衛が高そうな鼈甲の櫛に手を伸ばそうとしているがそれを女が引きとめようとしているようだ。


「だからね清兵衛くん。

 贈り物をするとしてもそんなにバカ高いものじゃないほうがいいって。

 独立したら色々物入りになるんだから」


「でも、お清さん。

 一生に一度の贈り物なんだから少しでもいいもののほうがやっぱりいいんじゃないかな なんて言ったって桜さんは吉原の大見世の太夫さんなんだし」


「そのために有り金はたいたら馬鹿だってば。

 女はね、すきな相手から贈られたものにちゃんと心がこもってればそんなに高くなくたっていいんだよ」


「そ、そんなものかな?」


「そんなものなの」


 そして女は柘植で桜文様がはいった櫛を手にとった。


「これなんかいいんじゃない?

 桜太夫が身につけてても似合うと思うよ」


「でも、これじゃ安すぎないかな」


「大丈夫だって」


「じゃあ、これにしようか」


「うん、きっと喜んでもらえるよ」


 ん、なんだ、もしかして桜への贈り物の相談を店の若い女にしているだけか。


 年下なのに君付けで呼んでるところを見れば問屋の主の娘かな。


 まあ、ここででていって問い詰めるわけにも行かないが、他の若い女に乗り換えたってわけじゃなさそうだな。


 俺は三河屋に戻ると桜に説明してやった。


「というわけで、若い女は問屋の娘でお前さんへの贈り物の相談にのってただけみたいだから

 安心しろ。

 心変わりしてたわけじゃないみたいだぞ」


 桜はそれを聞いてホッとしたようだ。


「そうでやんしたか。

 なんだか疑ってしまって申し訳ないでやんすな」


「まあ、たしかに若くて綺麗な娘だから疑っても無理は無いとも思うがな」


 米問屋の娘が若くて綺麗じゃなきゃ疑うまでもなかったんだろうが。


 そして桜の年期明けの日の15日が来た。


 新造や禿などを部屋とともにあたらしく桜太夫を襲名することになった遊女に引き継いで地味な服装に着替えた桜はスッキリした顔をしていた。


「短い間でありんしたが戒斗坊っちゃんにはほんにお世話になりんした」


 俺は桜の言葉に頷いた。


「ああ、長い間大変だったと思うけどこれからは幸せになれるといいな」


 そして三河屋の前に清兵衛がやってきた。


「桜さん、お迎えに上がりやした」


「あい、この時をお待ちしておりました」


 俺は清兵衛に声をかける。


「桜を不幸にしたら俺が許さねえ。

 だから必ず幸せにしてやってくれよ」


 清兵衛と桜は手を繋いで俺に頭を下げた。


「はい、桜さんは必ず幸せにしてみせます」


 俺はその言葉に頷いた。


 そして続けて聞く。


「ところで、お前さん独立してどこで何をするんだ?」


 清兵衛は答えた。


「はい、浅草の門前にて餅や団子、茶などを出す店を開こうと」


 俺はそれに頷く。


「ああ、そいつはいい。

 これから浅草はもっともっと栄えるようになるはずだからな。

 吉原の花見のときには餅やダンゴを頼むとするぜ」


「はい、何卒今後ともご贔屓に」


 そういって二人は大門へ向かってゆっくり歩いていった。


 まあ、きっとあいつら二人は幸せになれるよな。

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