そろそろ違法売春をちゃんと取り締まろうか

 さて、お奉行様に許可をもらって吉原は違法な売春をしているものをしょっぴく権限を与えられている。


 これは21世紀の日本であれば脱税に対する国税、音楽などの著作権に対するJASRAC、ソープやピンサロに対しての保健所のような存在だと思っていい。


 警察ではないがその取締の対象になる存在には警察以上に恐ろしい存在と言ってもいいんだぜ。


 ちなみに水茶屋の中にはすでに吉原に来ているものもいる。


「おう、もしここでの商売をやめて吉原に行くとしても、土地や見世はあんのかい?」


「大丈夫だ、まだまだ土地は開いてるからな」


「ならそっちへ移るとするから移動するために必要な楼は用意してくれ」


「分かったぜ」


 そういったものにはすでに土地と建物を与えてある。


「わかった春を売るのは止める。

 その代わり女の方をどうにか引き取ってくれんか?」


「分かったそれなら女はこっちで引き取るぜ」


 こういうふうに水茶屋の方であまり売れていない、普通の茶の客を引くのに役に立たたない余っている女を吉原に送ってくることも有った。


 もちろんそういった女も小見世なり切見世なりに引き取り、春を売るよりも得意なことがあればそういったことで金を稼げるようにしてやった。


「ここいらで、春と春以外の線引きをしっかりと決めとこうぜ?

 うちとしては、春はさせねえことにしたが、どうにも線引きが良くわからねえ?穴さえ使わなければ春とならないのかどうかすら曖昧ではどうにもな。」


「ああ、本番も擬似本番である素股もどっちも引っかかる陰間なら大丈夫ってことでもないからな」


「そいつは厳しいな」


「まあ、そういうことなんでそういったことは吉原の中以外では一切やめてくれ」


「むむむ」


 そしてまずは町奉行所へ向かい違法売春宿の取締を行うことを報告するとともに同心の力を借りたい旨をつげる。


「これより鉄砲洲の水茶屋へ乗り込み隠れ売女とその主人を捕らえてまいります。

 その際に同心様にぜひご同行願えればと思うのですが。

 もちろんお足代は出させてていただきます」


「ふむ、良かろう、同心10名をその方につけるゆえ隠し売女を捕らえてくるが良い」


「は、ありがとうございます。

 これは心ばかりではございますが受けとっていただけますか?」


「うむ、いつもながら感心なことよな」


 いつものようにお奉行様にも金子を手渡しておく。


 これは現代であれば賄賂のように受け取られかねないが、江戸時代では治安維持に関わるものに付け届けをして便宜を図ってもらうのはむしろ当たり前のことでも有った。


 そして少しややこしいことに奉行の下につく与力や同心は奉行の直接的な部下ではなく、あくまでも世襲制の将軍家の家臣の旗本ないしは御家人であった。


 奉行は老中所轄の旗本であって、つまるところ与力や同心たちとは直接の主従関係は無いということであったりする、これが封建制である江戸幕府のややこしいところではあるのだが仕方がない。


 なので、与力同心にはまた別に心付けが必要なのである。


 実際問題として与力や同心はその権限に比べれば俸給は少ないが、町人による心付けによって同格の旗本御家人よりははかなり裕福な生活ができた。


 無論、有能と呼ばれるものとそうでないものの間では送られる心付けの金額にかなり差はあるのだが。


「同心の皆様、本日はよろしくお願いいたします」


 そういって俺は同行を願う同心たちに金子を握らせ、食事を振る舞う。


「腹が減っては戦はできぬと言いますし沢山食べていってください」


 俺の出した飯を同心たちは食いながら気勢を上げる。 


「どーれ、我らに任せておけ」


「うむ、違法売女はぜひ取り締まらなければな」


 一方、裏同心たちにも飯を振る舞う。


 そして、裏同心たちに俺は言う。


「一番最初に取り締まるのは、女を借金のかたとして逃げられないようにして、虐待してる店からだ」


「おう!」


 俺は雇った浪人衆たちのうち20人ほどは鉄砲洲の水茶屋に同行してもらい、その他の浪人たちは念のため吉原に残しておいて何か有ったときに備えることにする。


 これは、本来吉原が鉄砲洲の水茶屋を検挙しようとした際に吉原の男だけで行って、鉄砲洲の茶屋の主人・善右衛門とその抱えの茶立女・小太夫ら3人を引っ捕らえて番所へ連れ出したが、その際茶屋の者たちも主人や女を取り返すべく脇差しを持って、吉原の者たちに切りかかり、捕らえられた者たちを救出したうえで吉原の者たちと斬り合いになって、ケガ人が多数出る結果になったからだな。


 しかし、同心が同行していればおいそれと手出しもできないだろう。


 その代わり吉原に直接乗り込んでくる可能性は考えないといけない。


 そして、もし今回空振りに終わっても同心に足代を出しておけば、奉行所にこっちが睨まれることもあるまい。


 俺は同心と吉原裏同心の浪人あわせて30名を引き連れて吉原から船で鉄砲洲へ向かい酉の刻の暮六ツ(おおよそ18時頃)に鉄砲洲は築地の茶屋町にのりこんだ。


 表で客引きをしてる男に奉行所から預かったお墨付きを見せつつ声をかける。


「おう、隠れ売女の取締に来た。

 店を改めさせてもらおうか」


 客引きをしていた若い男はぎょっとしたようだが、提灯を持つ同心が同行していると言うことで観念したようだ。


 そして店に乗り込んで、現場を押さえる。


 この時代春を売った方は罪人だが買った方は特に罪には問われないんだよな。


 なので、客には吉原以外での売春は違法であるということについて説教だけして家に帰す。


 そして店の奥で寝込んで看病もされずに折檻を受けていた女を助け出す。


「おい、お前さん大丈夫か?」


「うう……」


「大丈夫じゃなさそうだな、急いで養生院へ運んでくれ」


「わかった」


 そして店の主人やそこで働いていた男女をお縄にして奉行所へ突き出した。


「お裁きをどうぞ宜しくお願いします」


「うむ」


 結果として店の主人は財産没収の上、男はみな罪人の証である入れ墨を入れられた上で江戸十里四方と京、大坂、東海道筋と日光街道筋への立ち入りを禁じられる軽追放の刑罰に処された。


 女は奴系として吉原に全員来ることになる。


 その結果を見て名乗り出た茶屋は強制的に吉原に移転させ、それでもまだまだ抵抗して営業しようとした茶屋は皆ひっ捕らえて奉行所に送り込んだ。


 結局、捕まった連中は皆同じ末路を辿った。


「素直に吉原に来りゃよかったんだよな。

 そうすりゃ財産なくすこともなかったのにな」


 無論、甲府街道や中山道、成田街道などで新たに商売を始めることは可能だが、入れ墨があって財産がないというのは結構きついと思うぜ。

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