1月25日は鷽替なので亀戸天神へ行くついでに両国へ出かけよう、ついでにももんじ屋で肉をくおうか
さて1月も終りに近い25日は天神様での鷽替(うそかえ)が行われる。
鷽替とは、主に菅原道真を祭神とする神社である天神様こと天満宮で行われる神事で、鷽が嘘に通じることから、木彫りの鷽の木像を天満宮で買い求めて袖の中に入れ「替えましょ、替えましょ」の掛け声とともに交換し合う行事だ。
幸い浅草から亀戸はさほど離れていないので、妙や若い衆、非番の連中や昼に予約が入っていない遊女などを引き連れて歩いて行く。
特に禿なんかは吉原から離れた場所へ出かけられるのはかなり楽しいらしい。
「天神様にお祈りすると頭が良くなるんだって」
「じゃあ、一生懸命お祈りしないとね」
「うんうん、そうだね」
「祈るだけじゃだめだけどね」
桃香、桔梗、朝顔、芍薬といった禿たちはそんなことを言いながらワイワイと歩いている。
なんだかんだで近場でもあり色々お互いに便宜を図っている浅草寺にはちょこちょこ出かけるようになったがその他の寺社にはなかなか行けないからな。
大川の両国橋を渡って浅草から両国へ移動したあたりで俺は皆に声をかける。
「ここらで一休みして団子でも食うか」
藤乃が同意して頷く。
「ああ、それがいいでんな」
他の遊女たちも同じ意見のようだ。
「わーいお団子お団子」
禿たちは休めることより団子を食えることが嬉しいみたいだがな。
俺は適当な水茶屋の床に遊女たちを座らせて主人に言った。
「おい、茶と団子を適当に持ってきてくれ」
主人はニコニコと答えた。
「へい、ありがとうございやす」
21世紀では両国国技館もあり相撲で有名な両国は元々は武蔵と下総の境であったので両国といわれたが、実はすでに武蔵に編入されているのだ。
そして両国の地名の由来となったのは明暦の大火の翌年である昨年に大川にかけられた両国橋だ。
江戸幕府はそれまで江戸の防衛の都合上、大川への架橋を厳しく制限してきたのだが、明暦の大火で、浅草橋が通行止めになったため、その結果行き場を失った避難民が、浅草御門の前で焼死、あるいは川で溺死して被害は何万人という大惨事になった。
そのため幕府は橋を大急ぎで作らせ、それとともに亡くなった身元のわからない人々を供養するために万人塚という墳墓を両国に設け、無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を執り行なった。
その御堂が回向院で勧進相撲の定場所にもなったので、それが両国が相撲の街となった理由なんだな。
両国橋ができたことで、江戸は大川を超えて居住地が広がっていき本所、深川も人がどっと増えていく。
両国橋の東西には火除け地として広小路が作られその広小路には、茶屋や食べ物の屋台などが立ち並び賑わった。
あくまでも広小路は火除地であるため、屋根付きの常設の店舗ではなく、すぐに撤去できるような床だけの仮設営業ではあるんだがな。
両国は浅草と同じように非人たちが芸を見せる軽業や手品、浄瑠璃、講談などの見世物小屋もあって、両国は上野や浅草に並ぶ歓楽街でも有った。
まあ、当然春を売る水茶屋もあるんだが、そのあたりに対処はまた別に行うつもり。
そして両国には獣肉を薬として売る”ももんじ屋”もある。
下総などの農民が畑を荒らす鹿や猪を鉄砲で撃って仕留めたその獣の肉を利根川や野田運河などを経由して江戸に運んできたわけだが、江戸時代では表向きは獣肉を食べることは忌避されていたので体が温まり滋養強壮に聞く薬として猪肉を山鯨(やまくじら)もしくは牡丹(ぼたん)、鶏肉を柏(かしわ)、鹿肉を紅葉(もみじ)、馬肉を桜(さくら)などと隠語で扱ったわけだ。
そういった獣肉を鍋物にしたり、鉄板で焼いたりして食べるわけだが冬は特に人気がある。
なんだかんだで冬には犬鍋や猫鍋が食われていたけどそれが禁止されて肉を食えないのは辛いやつもいるようだし、懐に余裕がある武士などはももんじ屋に結構来ているようだ。
「ああ、俺も肉食いてえなぁ……」
魚はなんだかんだで常食しているが肉はなかなか食えないからな。
それを聞いて妙が言う。
「体もあたたまるということですし、たまには良いのではないでしょうか?」
ホッとした俺は周りに言った。
「じゃあ、帰りにでも皆で食うか」
遊女たちは首を傾げてるな。
基本肉は体臭が強くなるので遊女は食わないものだからだろう。
そうと決まればとりあえずは鷽替のために亀戸天神に急ごうか。
茶屋の勘定を済ませると俺達は亀戸まで歩いて行く。
境内はやはり混雑しているが、順番を待って木彫りの鷽の木像を手に入れたら、袖の中に入れる。
「替えましょ、替えましょ」
「替えましょ、替えましょ」
俺は妙と鷽替をして一年間の不幸をうそとして払ってしまう。
「これで今年はいい年になること間違いなしだな」
「そうですね」
一緒に来た者も皆鷽替を済ませて亀戸の天神を後にする。
「さて、ももんじ屋に行くか」
「そうですね」
しかし現役遊女は肉は食べたくないようだ。
「肉を食べると臭いがつきやすからわっちらは遠慮しておきますわ」
「あ、ああ、じゃあ先に戻ってくれ」
「すいまへん」
うむ、さすがに遊女たちは皆、玄人(プロ)だな。
彼女たちは五葷(ごくん)と呼ばれる臭いの強くなると言われる野菜も基本取らないし見世の食事にも普段は入れていない。
五葷はニンニク、タマネギ、ネギ、ニラ、ラッキョウを示していてこれ等は硫黄化合物である硫化アリルなどを含んでいるので病気の時以外は取らないのだな。
若い衆も遊女たちに付き従って戻るようだ。
残ったのは俺と妙、それに遊女以外の見世の非番連中の数人だ。
「よし、じゃあももんじ屋に入ろう」
「ええ」
ももんじ屋に入るとやっぱりそこそこ繁盛しているようだ。
「空いてるかい?」
「ヘイ、大丈夫ですぜ」
「じゃあ邪魔するぜ。
今日は何がおすすめだい?」
「新鮮な牡丹が入ってますぜ旦那」
「じゃあそいつを鍋で貰おうか」
「へい、ありがとうございやす」
しばらくすれば牡丹肉と大根やごぼうなどの根菜と薄く切られたこんにゃくが湯気を立てて煮えている味噌で味付けされた牡丹鍋が運ばれてきた。
「おお、うまそうだな。
早速いただこうぜ」
妙もそれに頷く。
「いただきましょう」
牡丹肉を口に運ぶと、何やら懐かしい味がした気がした、豚汁に近い味だなこれ。
「ん、うめえなぁ」
「そうですねぇ」
イノシシの肉に根菜の組み合わせはほんとうに体があたたまる。
「肥取りの農家に今度イノシシを売ってもらうとするか。
武家の殿様たちなら肉が有ったほうが喜ばれるだろうしな」
俺の提案に妙が頷く。
「それも良いかもしれませんね」
よし今度肥取りが来たら猪や鹿の肉を分けてもらえるように頼んでみよう。
豚汁はうまいからな。
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