藪入の妙の一日

 私は三河屋戒斗の内儀、妙と申します。


 そして今日は一月十六日の藪入です。


「というわけで今日は休みだ。

 実家に帰れるやつはかえって親子水入らずでのんびりしてきてくれ。

 妙もたまには実家でのんびりしてきていいぞ」


 旦那様の戒斗さんが私にそう言ってくれましたが、実際ここに嫁入りしてからはとても忙しい毎日でした。


 太夫さんに引き込み禿に教えるに十分な芸事や教養を叩き込まれながら、見世の書類仕事を行ったり、他所へ書類を届けたり、他所に出かける旦那様の代わりに見世を見たり、他所にご挨拶に伺う時は一緒に挨拶回りに行ったり。


 もちろん私は商家の子供ですから、ある程度は忙しいのは覚悟していましたが思っていた以上に大変でしたね。


 もちろん仕事がなくて暇であるよりはずっと良いと思いますが、お正月も遊女の皆さんはおやすみでしたけど私は旦那様と一緒にあいさつ回りなどで結局あまり休めませんでした。


 とは言え旦那様は私以上に働いているのですし、実家の家業の材木商店の恩人でもあります。


 ただ少々お疲れのようでもありますので遊女たちに休みを増やしてあげたように自分も休めばよいのではないかとも思うのですが……。


「いまは休んでる場合じゃないからな、まあそのうち休めるようになったら休むさ」


 そう言う旦那様に私は聞き返しました。


「そのうちと言うのはいつ頃でしょう?」


 そうしたら旦那様は苦笑いを浮かべながら言ったのです。


「そうだな、見世や店、劇場なんかに全部任せられる頭ができて、そういったものを全部統括して見れる俺の補佐ができたらゆっくり休めるようになると思うぜ」


 その答えに私も苦笑してしまいます。


「それは……当分先ですね」


「まあ、仕方ないよな。

 今までの西田屋がやってきた吉原から俺が理想としてる吉原に変えようとすれば頭の人間の考えも変えなけりゃならんし。

 まあ、5年くらいは見ないとだめだろう」


 私はその言葉にうなずきました。


「ええ、そうかもしれませんね。

 あまり焦っても良いこともないでしょうし。

 でも、自分の体もご自愛下さいね」


 旦那様は苦笑いを浮かべながら言ったのです。


「ああ、わかってるよ。

 働きすぎで死にたくはないもんだ」


 そう言う旦那様の言葉には妙に実感がこもっているのです。


「では私も今日は実家に帰らせていただきますね」


「ああ、たまにはゆっくりしてきてくれ」


「ほんとう、たまにはゆっくりしてくださいな」


「こいつは一本取られたな」


 そう言いながら旦那様はお仕着せの新しい着物と履物に身を包んだ私に小遣いと実家への手土産を手渡して、笑顔で私を送り出してくれました。


 私の実家は大川の河口の永代島の木場ですので徒歩で吉原の大門をくぐった後、山谷堀の船宿で旦那様が手配してくれた船を借りてゆっくり川を下っていきます。


 船は屋根付き炬燵付きで暖かく過ごしながら冬の大川の景色を楽しみながら大川を下りました。


「実家まで歩いてでも行けるのですけど、のんびり温かいこたつに入りながら川の景色を楽しんで行けるとは有り難いことですね」


 もうすぐ春になるとは言えまだまだ寒いですからね。


 船で木場まで下ってくると船着き場につきます。


 そして後は歩いて家まで帰ればにこにこ顔の両親が迎えてくれました。


「おお、妙元気だったかい」


「あらあら、綺麗なべべを着せてもらえてよかったねぇ」


 父と母がそう言いながら私を家に迎えてくれました。


「うん、おっとう、私は元気です」


「はい、おっかぁ。

 着物も履物もいいものをくださっていい旦那様ですよ。

 あ、これおみやげです」


「あらあら悪いわね」


 そして更に声をかけてきたのは兄上です。


「おお、妙元気だったか?

 っていうかちょっとやつれたか?」


「あははは、兄上にはそうみえますか?

 大丈夫ですちゃんとままは食べてますし

 寝てもいますから」


「まあ、それならいいんだがな」


 うむむ、やつれてるように見えますか。

 兄上は他の材木問屋へ奉公中です。

 本来でしたら私に誰かが婿入する予定だったのでしょうか。

 でも兄上が独り立ちしたら木曽屋に戻ってくることになるのでしょう。


 そして今日は親戚なども集まって賑やかになるのです。


「お前には去年ひもじい思いをさせたし今日はたんと飯を食べていくんだよ」


 母がニコニコしながら膳を広間に用意してくれます。


「わーい、久しぶりにおっかあのままがくえてうれしい」


「後はお前さんに子供ができたらもっと嬉しいんだけど」


「そうですねぇ、早く孫の顔がみたいですね」


 父と母が私の顔を見ながらそう言います。


「う、大丈夫、そのうちややこもできるとおもうから」


 大丈夫でしょう、やることはやっていますし、そのうちややこは授かれるはずです。


 そして、先祖のお墓参りをしたりしてから湯屋に行って垢を流したりした後でまた夕方にみんなで食事をしながら止めどのない話をした後、皆で布団に入って寝たのでした。


 明日からはまた忙しい日々でしょうから今日はゆっくり休めました。


 そしておっとうとおっかあと兄上が元気で何よりでした。


 それではおやすみなさい。

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