年末の劇場の演目は笠地蔵

 さて、俺は皆への宣言通り12月20日から来年の8日まで三河屋や西田屋を休みにした。


 これで遊女も若い衆もゆっくりできると言いたいが全員ゆっくりできるとも限らなかったりする。


 年末の歌合戦の宣伝のために吉原劇場や美人楼は開けているし、万国食堂などもまだやってるからな。


 劇場は町人の暖房スペースとして続けての開放も望まれてるので大晦日ギリギリまで開けとくつもりだ。


 流石に正月は休むつもりだけどな。


 しかし、楓などはニコニコしながらいう。


「わっちはむしろ劇ができて嬉しいでやんすけどね」


 俺は感心しながらいったさ。


「そうか、まあ、お前さんはなんだかんだで人気だしな」


 俺がそういうとテヘッと楓は笑う。


「そういわれると照れるでやんすけど」


 なんだかんだで楓はその明るい性格で”ウズメはん”と呼ばれて劇場の人気者だ。


 ちなみにいまの劇の演目は笠地蔵だ、最も中身は少し変えてあるがな。


 ”昔々のはなしでございます。

 あるところに、お爺さんとお婆さんが仲良く住んでおりました。

 この二人は 大変正直ものですし、信心深く働き者でもありましたが

 残念ながら子宝に恵まれなかったのです。

 そしてふたりとも年をとってしまった上に今年は旱魃で米や畑の作物の出来が良くなくて、

 年の瀬を迎えるという頃には食べるものもほとんどなくなってしまっていました”


「これではお正月を迎えることもできませんねえ」


 お婆さんはため息をつき、長年使っていた鏡を取り出しました。


「なんとかせんといかんのう」


 お爺さんは 残り少なくなった稲わらで笠を編みました。


「鏡と笠を売ればいくばくかの金はできるでしょう。

 お願いしますよお爺さん」


「うむ、なんとかしてくるよ」


 冷たい雪のふりしきるなか、お爺さんは やっと編み上げた五枚の笠とお婆さんの大事にしていた鏡を持って、町にでかけました。


 そして町への道の途中の山をくだったところに 七福神の像が並んでいるところがありました。


「七福神の皆さまどうか笠が無事に売れ俺等が正月の支度ができますようにお願い致します」


 信心深いお爺さんもお婆さんもいつもこの道を通る時は、七福神に向かって手を合わせて祈りを捧げていました。


 そしてこの日もお爺さんは一つ一つの七福神の前で祈ってから、町に向かったのです。


 まずおじいさんはお婆さんの鏡を質に入れていくらかの銭を手に入れました。


 それで饅頭を買うと笠を売り始めたのです。


「笠いらんかえー、編み立ての笠だよ」 


 そして一日中の間、お爺さんは笠を売るために 町のあちこちで声を張り上げました。


 しかし、皆が忙しい年末ではいまさら笠を買おうなどという人は居ませんでした。


 結局薄暗くなる頃になっても笠は一枚も売れずに残ってしまいました。


「はあ、ばあさんの鏡しか売れんかったか。

 でもいくばくの銭はできたし饅頭もかえたしなんとか年は越せるかの」


 お爺さんはトボトボと持ってきた笠をそのまま背中にしょって家に帰っていき、そして山へ上がる前に七福神の像のところへやってきました。


「おや、七福神の皆様方、頭に真っ白な雪をかぶられてこれでは寒くて仕方ありますまいな」


 お爺さんは七福神の頭に積もっていた雪を手で払いのけました。


「そうそう、ちょうどいいものがありますぞ。

 こんなものでも雪を凌ぐことはできましょう」


 そういって背中に背負っていた笠を七福神の頭にかぶせてあげました。


 弁天様、毘沙門様、布袋様、大黒様、恵比寿様の順にかけていき、そこでお爺さんはもう持っている笠がないことに気がつき困りました。


 笠は五枚編んだのですが七福神は7体だからです。


「はてこまったのう。

 このままでは福禄寿様と寿老人様がお寒かろうし」


 そしてお爺さんは、自分の頭にかぶっていた笠を福禄寿にかぶせ、その下につけていた手ぬぐいを寿老人の頭にかぶせたのです。


「寿老人様、このような爺の汚い手ぬぐいでまこと申し訳ございません。

 どうか これで勘弁してくださいまし。

 笠ほど役には立ちませんが、雪の冷たさのいくらかはしのげることと存じます」


 お爺さんは手ぬぐいの端を顎の下できちんと結んでから手を合わせそう言いました。


 そして饅頭を像の前にお供えして山道を登って家に帰っていったのです。


「お婆さん今帰りましたぞ」


 家の入り口の戸をあけたお婆さんはお爺さんが笠も手ぬぐいも無く雪にまみれて濡れて帰ってきたのを見てびっくりしました。


「まぁその姿はいったいどうしました?

 まさか手ぬぐいまでうってきたので?」


 そう言いながらお婆さんはお爺さんにあたたかい白湯を差し出しました。


「ふう、体があたたまるのお」


 そういって ほっとしているお爺さんは懐から饅頭を取り出してお婆さんに経緯を話しました。


「なるほどそうでございましたしたか。

 それはよいことをなされた。

 きっと七福神の皆さまもお喜びでいらっしゃいましょう。

 正月はなんとか過ごせそうでございますし」


 お婆さんは饅頭を受取り笑っていったのです。


 そしてふたりは寝藁に潜り込むとその日は早く寝てしまいました。


 そして深夜のことでございます。


 ”どずん””どずん”


 お爺さんとおばあさんは外から響く音に目をさましてしまいました。


「一体、この音はなんじゃろう?」


「ええ、さっきから何の音だかどすんどすんと表から音がしますね」


 山の奥の鬼の歩く音かとも思ったが、なにやら琵琶の音とともに楽しそうに歌う声も聞こえてきます。


 ”信心深いじいさんの家はどこだ?

 爺さんのお陰で雪をかぶらずにすんだ笠の礼を、届けに来たぞ。

 信心深いじいさんの家はどこだ?

 爺さんのお陰で雪をかぶらずにすんだ手ぬぐいの礼を、届けに来たぞ”


 その琵琶の音と歌声はどんどん近づいて、とうとうおじいさんの家の前まで来ると何やら重いものがドサドサと家の前に置かれる音がしました。


 二人は入り口の戸にから外の様子を見ました。


 そして月の光に照らされて現われたのは笠や手ぬぐいをかぶった七福神様たちだったのです。


 七福神たちはみな楽しそうに嬉しそうに正直で信心深く優しいお爺さんのおかげでと歌を歌いながら家の前に大きな荷物を次々と積み上げていきました。


「これは一体」


「まさか七福神様が来られるとは」


 お爺さんとお婆さんはお互いに顔を見合わせて、びっくりしていました。


 そしてすべての荷物を置くと七福神様は山を降りていったのです。


 そしてお爺さんとおばあさんが表に出てみると、家の表に積み上げられていたのは米俵や餅や魚や昆布などの海産物や炭に酒などでした。


「ありがたやありがたやこれで無事年がこせます」


「それどころか来年いっぱい過ごせます」


 お爺さんとお婆さんは荷物を家にいれる前に、神様からの贈り物に手を合わせて感謝してから、それらのをすべて家の中に運び込みました。


 そして最後に手ぬぐいをかぶった寿老人様が置いていった小さな包みを手にとって家の中に二人は入りました。


「いったいなんじゃろうかねぇ」


 そういうお婆さんの声を聞きながら、お爺さんが包みを開けると、そのなかには真新しい服と鏡と手ぬぐいが入っていたのです。


「あれま、新しい服や鏡をくださるなんて有り難いことか」


 お婆さんが売った鏡は嫁入りのときに持ってきた大事な品でした。


 鏡をもう一度手に入れられたお婆さんは嬉しさのあまり涙を流したのです。


「ほんにありがたいことですねぇ」


 ”こうして二人は無事に年を越しその後も幸せに暮らし、二人仲良く亡くなったあとは極楽へと導かれたそうでございます。

 めでたしめでたし”


 そして俺は劇が終わったあと劇場の前に七福神像を並べてフリマのようなことをやったのさ。


「さあさあ、年末を過ごすのに困ってるみなさん。

 余っている笠や手ぬぐいと餅や古着なんかと交換しますよ。

 ぜひ、七福神様にかけてあげてください」


 そして餅をこねるのは三河屋の遊女たちで、古着も遊女のものだ。


 楓の所に笠を持っていって餅を手に入れて喜んでいる男がいるな。


「うひょー、ウズメはんが手でこねた餅。

 ずっと保存しとくぞー」


 うん、いやほっといたらカビが生えるからある程度したらちゃんと食ってくれな、たのむから。


 まあ、こんな感じで生活が困窮していて餅を買うのに苦労してる奴なんかにもなるべく餅が行き渡るように俺はしたのさ。


 そしてそれは吉原の劇場の前だけでなく万国食堂門外店の前や許可を得て浅草の浅草寺の前、養育院の子どもたちにも手伝ってもらってその前などでも行った。


 まあ、江戸っ子は見えっ張りなのでそんなにたくさんの人間は来なかったけど、それでも少しの人数でも困ってる人間が助かったならそれでいいんじゃねえかな。

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