氷室と工場を作ろう、そして権兵衛親分に工場長になってもらうぜ

 さて、本格的に寒くなってきたので、表に出してある雨水貯蔵樽の水などが凍る時期になってきた。


 流石に一晩で全部凍りつくわけではないがそろそろ完全に冬だな。


 そして江戸時代は寒いので大川(隅田川)が一面凍りついたり、大雪が積もったりもする。


「しかし、冬の間は防火のための樽の水が凍ったままというのも困るんだよなぁ……」


 揚水水車を使って山谷堀から水を汲み上げるようにするべきかね。


 いやそれも山谷堀自体が凍りついたら意味ないか。


 それはともかく外においてある水が凍るようになったら始めようと思っていた事がある。


「今のうちに氷室をたくさん作っておけば夏に役に立つよな」


 氷室というのは基本地下の空間に冬の間に氷を入れて、その氷の外を藁やおが屑などの断熱効果の高い物で覆って溶けないように保管しておいて、夏に氷を取り出して利用できるようにするものだ。


 地下というのは地温がほぼ一定で気化熱によって一年中涼しいのでそういうことが可能なのだな。


 氷室自体は古代より世界各地で利用されてきていて、電気式の冷凍冷蔵庫が発明、普及する前は一般的な施設だったんだ。


 日本においても、奈良時代頃から氷室は存在していて、氷室という地名は氷室が有った地域であることを示してるし、朝廷のために氷室を管理していた一族が氷室という姓(家名)だったりする。


 かき氷は源氏物語の中でも出てくるし平安貴族が食べていた贅沢な食べ物だ、京の都は冬は寒いが夏は暑いからな。


 とは言え夏の間の氷が一般庶民が食べられるようになるのは明治以降なんだがな。


 律令制においては製氷職は宮内省主水司に属した立花な官職の1つで、その後も氷室とそれを管理する職は各時代において存在し、明治時代になって機械的に製氷が行えるようになって消滅したが天然の湖などの氷を作っている人たちは今でも存在している。


 俺の父親である先代三河屋楼主は新吉原に移転する際に楼閣の置屋や揚屋に氷室をつくってあったんで俺は夏の間だいぶ助かっていたよ。


 で、氷室の制作を頼むのはいつもの銀兵衛親方だ。


「親方、夏に備えて氷室を作っておきたいんで頼んでいいかい?」


 親方は力強く頷く。


「ああ、任せておけ。

 氷を入れる時間がちゃんと取れるようにきっちり半月で作ってやるぜ」


 氷室を作るのは三河屋の置屋、揚屋の隣、吉原歌劇の劇場、万国食堂の吉原の中と門外店の両方、養育院と養生院などだ。


 こういった場所で氷を使ったかき氷やそうめんを食うときに氷をつかえるくらいに氷が保管できればいいんだがな。


 夏の間は酒にも氷を入れて飲めれば冷たくてうまいしな。


 ビールやワインだって冷やして飲めれば最高だ。


 親方も仕事が途切れなければ嬉しいだろう。


 俺は氷室という冷蔵施設を拡張できれば食材の冷蔵保存などにも役に立つしWin-Winというやつだ。


 それと一緒に板張りの廊下などを雑巾で掃除するのは大変だしモップを作ろう。


 ただモップだけだとそれを綺麗にするのが大変なのでモップバケツも必要だな。


 モップというといわゆるウェットモップ 木綿や化学繊維の糸を幅の狭い木の板に付けて床を磨く物がメジャーだが幅が広いタイプのものもある。


 ただ幅広タイプは布の汚れを落とすには布ごと交換することが多くて、いきなり作るのは難しいので今回は一般的なイメージのモップを作ることにする。


 そして、こういうときに頼りになるのはいつもの権兵衛親方だが、モップを作るには筆職人の協力も必要だろう。


 大雑把に絵で書いて親方と職人を読んで俺は説明をする。


「というわけでこんな感じのものを二人で協力して作って欲しい」


 権兵衛親方が頷く。


「ふむ、俺はその水を入れる桶に絞るための挟むやつを主に作ればいいんだな」


 筆職人も頷いた。


「私の方はその取っ手に板を付けて木綿の糸を接着する方ですかな」


 俺は二人の言葉に頷いた。


「ああ、お願いできるかな?」


「任せておけ」


「了解しました。

 やってみましょう」


 と言うか火付け筒や、ミツバチ用の巣箱、洗濯盥にモップと作るものが増えてきたから、親方たちだけじゃ大変だろうしそれを作るための専用の工場を作ろうか。


 まあ、先ずはできるかどうかという問題があるのだが、数日後にはちゃんと完成したので安心した。


 これほど優秀な職人であればもう専属で雇ってしまっていい気がする。


 俺は権兵衛親方と相談をすることにした。


「親方、俺の専属職人になってもらって火付け筒やミツバチの巣箱、洗濯盥や床板掃除取手(モップ)を作って欲しいんだが」


 親方はふむと首を傾げた。


「現状実質それに近いからそれは構わないがならお願いしたいことがあるんだが」


「ん、なんだい?」


「鈴蘭ちゃんと茉莉花ちゃんを俺に身請けさせてほしい」


 俺は親方の言葉を聞いて聞き返した。


「二人を身請けか……身請け金がいくら掛かるか知ってるか?」


「二人あわせて最低600両以上、若いから下手すればその倍か?」


 親方はそういう。


「ああ、そうだなそのくらいはかかる。

 親方にその金はあるのかい?」


 俺の言葉に親方は首を横に振る。


「いや、ねえ、だがあんたからずっと金を支払ってもらうならそこから身請け金を引いてもらうということでどうだろうか?」


 まあ、それでずっと俺のもとで働いてもらえるなら全然いい話だ。


 俺に年頃の妹なんかが居るなら嫁いでもらって縁を結んでもいいくらいだからな。


「わかった、その話受けよう。

 ただし、本人たちがいいって言えばだがな。

 あと実際にお前さんのところに行くのは身請け金相当の金額が貯まったらだぜ。

 その代わり、制作工場(せいさくこうば)を作るから親方はそこで働く奴にそれぞれの作り方を教えてやってほしい。

 切見世の女郎なんかが働ける場所を増やしてやりたいからな。

 まあ、それに工場の長なら長らしい住み家も必要だな。

 鈴蘭や茉莉花も花嫁修行が必要だろうし」


 親方は頷いた。


「ああ、分かった。

 それで構わない」


 こうしていままで権兵衛親方に作ってもらっていた色々なものを、親方に作り方を教わって切見世の女郎や養育院の子供が大きくなったら働いて金を稼げる工場を作ることにした。


 そして俺は鈴蘭と茉莉花に聞く。


「お前さんのお得意さんの大工の親方がお前さんたちを身請けしたいそうだ。

 ただし身請け金を一括で払える金はないから親方にはこれから俺の専属で働いてもらい俺の支払う金からお前さんたちの身請け金を分割して払ってくそうだがお前さんたちはこの話受けるかい?」


 茉莉花は鈴蘭に聞いた。


「お姉ちゃん、どうするの?」


 鈴蘭は少し考えたあと答えた。


「まっことありがたい話でありんすな。

 もちろんうけさせていただきやんす」


 茉莉花は鈴蘭がそう答えたのを聞いて、答えた。


「お姉ちゃんがいいならわたしもいいでやんすよ」


 俺は二人に頷いた。


「わかった、親方にはそう伝えておく」


 こうして権兵衛親方の専属職人になる話とそれに伴う鈴蘭と茉莉花の身請け話が決まったわけだ。


 そして鈴蘭と茉莉花も桜と同じように花嫁修業をすることにしたわけさ。


 それを俺は妙に話した。


「まあ、誰も損はしねえしいいんじゃないかね」


 妙も頷く。


「はい、いいことだと私も思いますよ」


 まあ、花嫁修業は大変だが、洗濯盥や床板掃除取手(モップ)の売り上げ次第では下女を雇えるようになるのもすぐかもしれない、そうしたらまた書類仕事や金勘定で大変になるかもしれないがまあ、なんとかなるだろう。


 そして何より親方なら二人を幸せにしてくれるはずだ。


 まあ、親方の手元に見受け金相当の600両がどれくらいでたまるかは、洗濯盥なんかの売れ行き次第だな。

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