花嫁修業施設がようやく完成したぜ、石鹸はやっぱ大切だよな

 さて、11月の酉の市やらほたけやらの祭りを終えて、手動洗濯盥を作ったりしていたら、花嫁修業用の建物が完成した。


 狭い長屋の部屋も表店の2階建ての長屋などもある模擬訓練用の建物だ。


 江戸によくある長屋の中にある部屋を模して作らせたここで、家事をしたことがない遊女を一通りの家事ができるようにさせないといけないのだな。


 あと、切見世女郎などは狭い長屋に住むのになれてるだろうけど、大見世の遊女はそれなりにでかい部屋に今まで住んでいたから、狭い長屋ぐらしに慣れてもらおうというのもある。


 武家屋敷は馬鹿みたいに広いが町人の家は基本的に狭いのだ。


 ちなみに今は桜がここで花嫁修業の最中だ。


 浅井戸から水を盥にくみながら洗濯板で褌を洗ってる。


 ああ、褌は別に俺のじゃねえけどな。


「うう、冷たい、冬の洗濯は大変でありんすな」


 たまに手をこすり合わせながら桜は洗濯板でゴシゴシ洗い物をしている。


「まあ、洗濯盥や洗濯板があるだけ前よりはだいぶマシなんだけどな」


 桜ははあとため息を付いていう。


「そうなんどすよな」


 手回し式洗濯盥、要するに手動の洗濯機を作った俺はそのついでに石鹸の価格をいくらかでも下げるべく大島の南蛮人から牛脂(ヘット)や豚脂(ラード)などを安く購入できるように交渉してみた。


 彼らにとってもそれらは余ってるもののようだったので割りと安く手に入ったぜ。


 日本だと歳を取ってもう働けなくなった牛しか解体したりしないから結構動物性油脂は貴重で高価なのだが固形石鹸を作るには常温で固体の動物性脂肪のほうがいいんだよな。


 まあ、脂肪の中に含まれてる血管や血液、タンパク質などのニオイのもとの除去の手間はかかるけど。


 また液体石鹸の低価格化のために吉原の大見世の厨房や揚屋の厨房、天麩羅屋の屋台などに黒く酸化した廃油を安く譲り受けることにした。


 今まではそういった廃油は火口のおがくずなどに染み込ませるくらいしか使いみちはなかったが、廃油を石鹸に出来ればゴミも減るし一石二鳥だ。


「まあ、これをこのまま石鹸にしても色も悪いし臭いもひどいんでちょっと手間はかかるけどな」


 そのため酸化した脂から不純物を取り除くために濾過桶で脂の濾過を行ってから、酸化物質の臭いを取るために竹炭を粉にしたものを入れることで脱臭し、それにみかんの皮を粉にしたものや潰れたミカンの汁などを多めに入れてその香りをつける。


 さらにちゃんと塩析と精製を行うことで薄いクリーム色の廃油のにおいもほとんど無い石鹸になる。


「まあ、これなら普通に洗濯にもつかえるだろ」


 また、褌一枚洗うために手回し洗濯盥を使うと水の入れ替えなどでかえって大変なので、洗濯板も作ってみたのだ。


 頼んだのはいつもの権兵衛親分で、きっちり製品は仕上げてくれたぜ。


「権兵衛親方はありがてえなあ」


「まったくでやんすな」


 簡単な図面を見せただけで今までなかったものを結構無理な納期で作り上げてくれる親方は本当にすごいと思うぜ。


 ここらへんはやっぱり日本の職人の気質とか技術の凄さだと思うけどな。


 その代わり報酬は高めに払ってるけどな、まあ、そのまま俺の店の遊女につぎ込んじまうわけでもあるんだが。


 井戸から台所の水瓶に水を汲んだり、狭い土間の竈で飯を炊いたりする練習もする。


「暑つ、なんでも自分でやるというのは大変なんどすな」


 竈の火を起こして米を洗ったあと火を大きくするために竹筒で空気を送り込んでる桜はいった。


「まあ、殆どの女はそうやって生きてるんだよな。

 下女を雇えるなんてのは一握りだぜ」


「そうでんな」


 木枠の長火鉢で部屋を温めつつ、その炭火で餅を焼いたり、酒の燗もしたりする。


 火鉢というのはこの時代では暖房器具としてだけではなく調理器具としても重宝されていた。


「まあ、こんな感じの長屋暮らしになれないと嫁に行けないけどな」


 桜は頷く。


「あい、そうでんな。

 清兵衛はんの嫁になるためわっちは頑張りんすよ」


「おう、頑張れ」


 まあ、覚悟ができてるなら大丈夫だろう。


 どちらにしろ年季が明けたらやり手や番頭新造などとして残るのでない限り見世に残ることはない。


 町人の妻として慎ましく生きるのも、あっちこっちにいい顔をして客を繋ぎ止めないといけない遊女などよりは気苦労も少ないだろうしいいんじゃないかね。

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