11月8日は”ほたけ”もしくは”鞴祭り”、ミカンを配って健康をいのるぜ
さて、今月の酉の市の開催はまた酉の日が来ればあるのだが、それとは別に11月8日には祭りが開かれる。
この日は鞴祭(ふいごまつり)の日で江戸や大阪、京等のふいごを扱う職人が多く住んでいる大都市で特に盛んな祭りだ。
鞴を使い火を扱う刀工や鍛冶職・鋳物師・金工職人・金物商たちの祭りだな。
「踏鞴(たたら)祭り」や「火焼(ほたけ)」とも呼ばれ吉原では"ほたけ"と呼んでいる。
もともとは鞴を扱う鍛冶屋、刀工、鋳物師などの祝祭日で、この日は彼らは仕事を休んで神社に詣で、金山彦神、金山姫神、お稲荷様などを祀ったことが始まりだ。
ちなみに金山彦神、金山姫神は、鉱山の神様で、お稲荷さんは商売繁盛の神様だな。
で、鞴祭りの日には、神社からもらってきた新しい御札を仕事場に貼り、鞴を清めて注連縄を張り、お神酒や餅を供えて、彼等にとってとてもとても大事な商売道具である鞴に宿る神様を休ませて、火の安全と仕事の繁栄を祈願するというのが本来の目的だ。
これからの時期火災も増えるしな。
もちろん吉原には鍛冶もふいごも関係はない。
だがこの祭りではミカンを門前で盛大にまいたり、近所の子どもたちにふるまってきたらしい。
これはミカンをたくさん食べると、風邪にかからないと信じられていたからなのだが、ビタミンCをたくさん含むミカンが健康維持にために良いのは間違いないからな。
なので、吉原でも火除け、防災、商売繁盛の祈願のため、ミカンを庭にまいて、これを禿たちが拾って食べたのだ。
ああ、ちなみにミカンは結構高いので、一般庶民はそうそう買えなかったりする。
紀州のみかんは1籠半(6貫目22.5Kg)で金1両(おおよそ10万円)したりする。
みかん箱1つがだいたい5Kgくらいで金1分(おおよそ2万5千円くらい)か。
みかん箱の中のミカンはおおよそ50個位だから1つあたりは20文(およそ500円位)くらいだな。
これはかけそばいっぱいより高いから十分高級品といえる。
「確かにみかんを食べるのは体にいいが庭に投げるのはどうだろうな?」
乾燥してくるとどうしても子供は風邪を引きやすくなるし、この時代の風邪はそのまま肺炎につながって死ぬ子供は決して少なくないのだが、庭に投げるとミカンが痛みそうな気がする、だからそれはやめよう。
ミカンと言えば、江戸時代の豪商として有名な紀伊国屋文左衛門だが、彼が命がけで運んだミカンは、実はこの江戸のほたけのためのミカンで、ミカンが手に入らなかった吉原などでは先を争って彼からみかんを買ったそうだ。
まあ、商売繁盛の祭りの必需品であれば皆我先に買うし、そりゃ紀伊国屋文左衛門も吉原のお得意様にもなろうってもんだよな。
そんな感じで俺は禿たちを集めてミカンを手渡していく。
「よし、お前さん達このミカンを食べて風邪(ふうじゃ)にかからないようにしてくれ」
桃香が不思議そうに聞いた。
「ミカンは庭に投げないんでありんすか?」
俺は頷く。
「投げたらミカンが潰れたりして傷むだろ。
傷んだみかんを食べたらむしろ腹をこわすかもしれないからな。
あとこれからの季節は朝や外に出かけた帰り、寝る前には必ずうがいをすること。
ものを食べる前には石鹸で手を洗ってその石鹸の泡をちゃんと落とすこと。
そうすれば風邪もよりつかなくなるからな。
ちゃんと守ってくれよ」
禿たちはコクコクと頷いた。
「あい、わかりんした」
そして、みんなにミカンを一つずつ手渡していく。
「わーい、ありがとうござんす」
皆は早速ミカンの皮をむいて食べている。
「甘くて美味しいね」
「うん、美味しい」
禿達が笑顔でみかんを食べてる様子を見るのは良い気分だ。
子は宝、だからな。
「ああ、それから向いた皮は捨てないで集めてくれ。
乾かせば風邪の薬になるからな」
「あーい」
みかんの皮を乾かした陳皮も風邪薬としてかなり薬効が在る。
七味唐辛子にも加えられてるな。
禿たちにミカンを渡したあとは、遊女たちにもミカンを配って回る。
「あら、若旦那私は禿じゃありんせんよ?」
桜がそういって首を傾げている。
「いやいや、お前さんたちもみかんを食べとけよ。
ミカンは美容にも健康にもいいんだから。
ああ、でも寝る前にたくさん食うのはおすすめしないけどな」
「そうなんどすか」
ミカンには果糖がたくさん含まれてるので寝る前にたくさん食べるとあまり良くはないらしい。
まあ、炬燵の上にミカンを幾つか並べておいておくと何となく日本の冬って感じだよな。
「そうらしいぜ、なんなら間夫にも分けてやんな」
「いいんですの?」
「お前さんに関してはいいだろ。
もう周りにもわかってるんだし」
「ではありがたく頂いていきますわ」
そう言って桜は風呂敷にミカンを包んで見世を出ていった。
まあ、仲が良いのはいいことだ。
同じように西田屋にもみかんを箱ごと持って行かせる。
そして西田屋の三代目に俺は言った。
「ちゃんと禿たちにミカンを手渡しして、食わせてやってくれ。
特に子供にはうがいと手洗いを徹底してやらせてくれな。
あと配ったみかんの皮は捨てずに乾かして薬にしてやってくれ」
「へえ、わかりやした」
三代目は俺より年上だし、内心は面白くないかもしれないが、俺の言うことに従って見世の運営はちゃんと行っている。
そのうち俺が口出しをしなくても良くなるかもな、まあ見て回るのは必要だろうけど。
同じように小見世や切り見世の遊女達たちにもミカンを持っていく。
「あらこれはありがたいですわ」
「ほんまですわ」
小見世や切見世の遊女にはミカンはやはり高級品だしな。
その他惣名主付き秘書の夫妻やその他の秘書たち、美人楼や万国食堂、花鳥茶屋の店員、養育院、養生院、犬猫屋敷等の従業員などにも配った。
そして養育院の子どもたちだが……。
結構寒いが庭で駆け回ってる子どもたちを集める。
「おーい、お前ら、みかんを持ってきたから手を洗って順番に並べー」
「はーい」
ここの子どもたちは1歳から4歳位が多いが6歳くらいまでの男女がいる。
しかし女のほうが圧倒的に多い、男よりも女のほうが捨てられることが多いのだな。
数えだから現代で言えば1歳から5歳くらいか。
「ほれミカンを持ってきたからみんなで食ってくれ」
「わーい、おじちゃんありがとー」
「あいがとー」
そういってミカンを受け取った子どもたちは笑顔で皮をむいて食べている。
捨て子であった彼ら彼女らがこの施設に引き取られたことが幸運なのか不運なのかはわからない。
だが不幸だと思わないような環境にしてあげたいものだ。
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