江戸時代の洗濯は大変、なので洗濯機っぽいものを作ろう

 さて、寒い季節になってくると水仕事は大変だ。


 炊事や風呂の水くみも大変なわけでは在るが一番大変なのはやはり洗濯だろう。


 これから花嫁修業をする桜にはちょっときついだろうな。


「なんせこの時代洗濯機どころか洗濯板や洗剤もないからな……」


 なので一般庶民は基本的には下着肌着以外は毎日同じ物を着ていて上着の洗濯は月に数回、下着肌着も週1~2回洗濯すればいいほうだった。


 もちろん裕福な人間は着替えをたくさん持っていたのでそこまで問題はない。


が、一般庶民は着たきりスズメなんだが、この時代着物をあらう時は着物の糸を解いて布に戻してから洗い板に貼り付けて乾かしてもう一度仕立て直さないといけないのだからそうそう洗うわけにはいかないというのも有った。


 また外出用の着物と家庭用の着物は別で、外出時と帰宅時にはそれぞれ着替えたりもする。


 洗濯の汚れ落としには、無患子(むくろじ)の皮、さいかちの実などのサポニンを含む植物の実のしぼり汁なども扱われていたが、江戸ではそういったものも手に入りにくかったので良く使われるのは灰汁だな。


 もちろんただ単に桶に灰と水を入れたんじゃかえって汚れてしまうから、水と灰を入れて布で濾過して、底の栓口から灰汁がしたたるような構造の「灰汁桶」が各戸に置かれていて、洗濯の時はこれを用いてたらいで手洗いしていた。


 これは、石鹸や合成洗剤が普及する昭和20年代ぐらいまで、洗浄剤として広く一般家庭では使われていたらしい。


 当然だが灰汁で洗った後、真水ですすいで灰汁を落とし、手で絞って干すわけだから洗濯は重労働だ。


 家事の中で一番大変だったのは炊事でも掃除でもなく実は洗濯だったのだな。


 全自動洗濯機であれば洗濯槽に洗濯物を入れてボタンを押せば脱水までやってくれるし、洗濯乾燥機なら乾燥までしてくれる。


 それを考えると冬の冷たい水に手を浸してあかぎれができたりするのを我慢しながら洗濯などをやってる主婦は大変だ。


 江戸時代では洗濯を専門に行う洗濯屋もいたりするが、男の褌や女の腰巻き一枚あらうのに60文(およそ1500円)ほど取られる。


 無論、褌なんかは着古して、黄色く変色して異臭を放つようなものをあらうのだからそのくらいは取られるべきなのかもしれないが……な。


「できれば水に手を浸さないで済む洗濯機みたいなのはほしいよな」


 もちろん電気式は無理だから手動式になるわけだが。


「洗濯バケツみたいなのならなんとかならんかな」


 洗濯バケツとかランドリーポッドと呼ばれるのはその名の通り水と洗剤と洗濯物を入れてハンドルを回せば洗濯ができる小型の洗濯機みたいなものだ。


「構造的には外側の水を貯められる桶とそれより少し小さいかごに洗濯物をを入れてハンドルで回せるようにすればいいはずだよな。

 水はひっくり返して抜いたほうがいいと思うけどな」


 要は全自動洗濯機の洗濯槽自体が回るタイプと考えればいいのだ。


 頑張れば脱水もできないことはない……と思う。


 だが脱水は別の方法を使ったほうが確実だろうな。


 2つのローラーで挟んで絞るあれだ。


 というわけで困ったときの権兵衛親分の出番だな。


「権兵衛親分、洗濯が少しでも楽になるようにって考えてみたんでこんな感じのものを作って

 欲しいんだが、できるかい?」


 権兵衛親分は胸を張っていう。


「ああ、任せときな!

 4日で作ってみせるぜ」


「じゃあ、よろしく頼むぜ」


 まあ、権兵衛親分に任せときゃ大丈夫だろう。


 そして4日後きっちり権兵衛親分は仕上げてくれた。


「おお、相変わらずいい腕だな。

 今回も謝礼は2両だ、また何かあったら頼むな」


「へえ、まいど」


 そして今回も権兵衛親分と見習いは三河屋で遊ぶのだろう。


「さて、早速試してみるかね」


 いつもなら下女に任せてる俺自身の肌着や褌を俺自身で洗ってみよう。


 まずは洗濯盥に灰汁桶から灰汁を入れて、洗濯物を入れたザルをそこに入れて、蓋をして取っ手とダルの真ん中の棒をはめ込む。


 液体石鹸を使わないのは桜が嫁に行ったときに石鹸を変えるほど余裕があるかわからんからだ。


 基本この時代まだまだ油は高いので石鹸も高くならざるをえんのだよな。


 そして俺は取っ手を掴んで回してみた。


「むむ、結構重いな」


 取っ手を回すとザルも回って遠心力でザルの外に水が抜けようとするので、それに張り付いてる布を水が通り抜けて汚れを落とすわけだ。


 何分か回してみて蓋を外してみる。


「お、結構、汚れ落ちてるんじゃねえか?」


 ここで一度洗濯物を取り出し、水を真水に入れ替えてすすぎを行う。


「これで、灰汁を落とせば大丈夫かね」


 そして洗濯物を取り出して、2つのローラーの間に布を軽く挟ませて、取っ手をぐるぐる回す。


「お、結構水が絞れてるな」


 後は普通に板張りなどにすれば乾くはずだ。


「うん、こいつがあれば楽になりそうだ」


 早速俺は三河屋の下女に使い方を教えて洗濯をさせてみた。


「ああ、こいつは楽ですわ。

 長いこと水に手を付けなくてもいいのはありがたいです」


 そして三河屋の分だけではなく、西田屋や俺の見てる小見世や切見世、養育院や養生院などにも置けるように、権兵衛親分に追加発注した。


「へへ、毎度。

 じゃあ頑張って作りますぜ」


「おう、頼むな」


 これは切見世の女郎や養育院、養生院の下女には大変好評だった。


「いやいや、本当にこれは助かりますよ」


「基本毎日、洗濯しますしね」


 養育院の子供や養生院の病人にはあんまり汚い服は着させられないしな。


 三河屋と養育院、養生員では洗濯時に殺菌消毒のためにも液体石鹸を使わせることにする。


 こうして俺の店などの施設に洗濯盥をそれぞれ置いた後は、洗濯盥を更に作ってもらって一般にも売りに出すことにした。


「さあさあ、これは洗濯が楽になる洗濯盥だ。

 洗濯の仕方はこう」


 と洗濯を実演しながら売ったら、歌劇など見に来ていた商家の奥さんがどんどん買っていった。


 やっぱ冬の洗濯は大変だよな。


 材料費や親方の工賃などを乗せてるから当然それなりに金額はするが便利さや楽さには変えられなかったようだな。


 まあ、構造はそんなに複雑じゃないんでしばらくしたら同じようなものがほかからも売りに出されたが、それで世の中の奥さんや下女が楽になるならそれはそれでいいかもな。

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