秋も深まってくると紅葉が綺麗だな

 さて、桜の嫁入りの件ではっきりわかったが、禿からずっと遊女をやっているような場合、一般的な町民などに嫁に行こうにも、遊女には家事の知識やその技術、買い物などについての世間的な常識がないという問題も明らかになったので、主にそういった理由で遊女たちが年期明けの後に嫁に行けないとか、行ったけど追い出されたというような事態に落ちいらないように花嫁授業を受けるための施設の吉原の中での建設を行うことにした。


「というわけでいつもどおり頼むぜ親分」


「ああ、任せときな、きっちり建ててやるぜ」


 頼むのはいつもの大工の銀兵衛親分だ。


 彼に任せておけばまた2週間位で建物は出来上がるだろう。


 いちいち言わなくても妙の実家の木曽屋に木材は発注してくれるだろうしな。


「桜には早めにはじめての買い物をやらせんとなぁ」


 日常生活に必要なものを収入の範囲で適切に購入するというのができないと結婚したあとで間違いなく困るだろうし。


 そして秋も深くなってくると木々の葉っぱも赤や黄色に色づいてくる。


 ちょうど紅葉狩りの季節だな。


 月見やきのこ狩りと同じように、江戸時代の秋の行楽の1つに、紅葉狩りがある。


 春の桜の花見の名所があったように、紅葉狩りの名所もある。


 重なってる場所もあるが違う場所もある。


 江戸の紅葉で有名なのは品川鮫洲の「海晏寺(かいあんじ)」と浅草龍泉の「正燈寺(しょうとうじ)」だ。


 それに並ぶ場所としては成田街道で歩いていける下総国の市川真間の「弘法寺(ぐほうじ)」も有名だな。


 正燈寺は別名もみじ寺と呼ばれるほど紅葉で有名で正燈寺の紅葉は京都の高雄山の紅葉を運んだものと言われていて、それは見事な紅葉なのだ。


 まあ多くの男にとっては春の花見と同じで浅草での紅葉狩りを口実にして、吉原に遊びに来たりしているわけなんだがな。


 月見などと違い紅葉狩りに関しての歴史は浅く、平安貴族たちはあまり紅葉を愛でるようなことはしなかったらしい。


 無論、歌に読まれたりはしているが桜のように庭に植えたりはしなかったようだ。


 その理由の1つに能・歌舞伎などで演じられる「紅葉狩」の、戸隠山の鬼女の「紅葉伝説」があるからだろう。


 平安貴族は鬼とかそういったものをひどく恐れていたからな。


 紅葉狩りが盛んになったのは安土桃山時代くらいからで、庶民に浸透したのはやっぱり江戸時代からだな。


 江戸時代になると花見のときと同じように紅葉の木の下に帷幕を張り、ゴザや畳を敷いて、その下でお弁当やお酒を持ちよっては花見同様どんちゃん騒ぎをするわけだ。


 ちなみにきのこ狩りなどと違って食べる訳でもないのに紅葉狩りというのは紅葉した木の枝を折り、手のひらにのせて其れを鑑賞することを狩りと呼んだかららしい。


 今回は吉原の見世それぞれで別に紅葉狩りを行ってもらうことにする。


 もうこういった季節行事関してのノウハウも他の見世などの楼主たちももう身につけたと思うしな。


 俺が見ている見世の遊女には以前の月見などのときと同じように客を呼んで一緒に紅葉狩りになるべく参加してもらうようにする。


 ただし、今回は50歳以上の年齢の高齢の客には参加を遠慮してもらうように伝えた。


 そういう客には今回は見世に来てもらうしかないよな。


「紅葉狩りをしたからと寒さのせいで風邪なんかで倒れられたらまずいからな」


 空気も乾燥してきているしそろそろ病気にもなりやすい季節だ。


 この時代のインフルエンザなどは怖いからな。


 さて、遊女たちには今回は自分で弁当を作らせてみた。


 多くの遊女は弁当作りに四苦八苦してる、


「うーん、弁当づくりって結構難しいですわ」


 藤乃も弁当作りなどは初めてなのでだいぶ苦戦してるようだ。


「うふふ、おにぎり作りなら任せてください」


 桜は自信満々で作っていくが、二人一緒に作っている茉莉花や鈴蘭などはやっぱり苦戦してるようだ。


「う~、うまくできないよう、お姉ちゃん」


「だ、大丈夫、見た目が悪くても味が美味しければ」


 うん、本当に大丈夫か?


 ちゃんと試食はしておけよ。


「戒斗様、こんな感じでどうでやんすか?」


 桃香がおにぎりを持ってきて俺に見せた。


「おお、いい感じだぞ桃香、ちと食べてみてもいいか?」


「あい、どうぞ」


 俺は桃香からおにぎりを1つ受け取って食べてみた。


 ごく普通の梅干し入りおにぎりだ。


「うん、なかなか悪くないぞ」


 其れを聞いた桃香はぱあっと笑顔を花開かせた。


「えへへ、がんばったかいがありんした」


 ふむやはり子どものほうがこういったことの飲み込みも早いのだろうか。


 まあ、なんとか皆弁当を作り終わって用意もできたようだ。


 今回も水戸藩や尾張藩、紀伊藩の若様などやそのお付の女中なんかも来てるし当然彼らの警護の武士も居る。


「よし、じゃあみんな行くぞ」


「あーい」


 俺達は吉原の大門を出て日本堤を左側に向かって歩いて正燈寺に向かう。


「すみません、本日庭を使わせていただきます三河屋と申しますが」


 俺はそう言いながら寺の関係者にそっと金を包む。


「うむ、浄財確かに受け取りましたぞ」


 寺の敷地に美しく紅葉している紅葉のに木の下に風よけも兼ねて幔幕を張りめぐらせて火鉢なども置き、ゴザや畳を敷きその中の緋色の毛氈の敷かれた上に皆で座り自分たちで作ったお弁当を出して見せあったりしている。


「おおー、山茶花ちゃんの手作り弁当が食べられるなんてうれしいぜー」


「鈴蘭、茉莉花、俺の買ってきた弁当とお前さんたちに弁当を交換しよう」


 権兵衛親方とその弟子が遊女の手製弁当を食えると破顔してる。


 たぶん権兵衛親方が買ってきた仕出し弁当のほうが豪華で味はいいとは思うけどな。


「お弁当を作ったの初めてだから、味とか見た目はあんまり良くないかもしれないけど」


 そう言いながら山茶花はそっと弁当を出す。


 大工の弟子はそれをうけとっておにぎりやら卵焼きやらを美味しそうに食べる。


「いやいや、十分美味しいよ」


 まあ、自分の好きな女の子の手製弁当ならそういうよな。


 ちなみに卵焼きは飯炊き女が作ったものだ。


 料理の素人には美味しい卵焼きを作るのは難しいからな。


「鈴蘭と茉莉花の手製弁当を食えるとは俺は幸せものだねぇ」


「はい、どんどんたべてくんなまし」


「旦那さんでしたらこれくらい朝飯前でしょう」


「おうよ」


 権兵衛親方も二人にそう言われて嬉しそうに食べてるな。


 そして水戸の若様だが。


「うむ、楼主よ。

 この”えびまよ”とやらはなかなか癖になる味だのう」


 水戸の若様は相変わらず食欲魔神ぶりを発揮していた。


「はい、揚げたエビにマヨタレをまぶすとなかなか美味になるのです」


 尾張、紀伊の若様も中国料理系のエビ料理をなかなか気に入ってくれたようだ。


「このエビチリとやらもうまいぞ」


「うむ、川エビの揚げ物もうまいな」


 春の花見もいいが、秋の紅葉狩りもなかなか悪くないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る