最初から完全に家事ができるわけはないだろうし、頑張ってるなら褒めてやったほうがいいと思うんだ

 さて、桜は花嫁授業として炊飯や裁縫、洗濯、掃除などを頑張って覚えようとしている。


 今日の朝飯も桜が作ったものを俺は食ってる。


「うん、うまいんじゃないか」


 そりゃこれを大名の殿様や若様なんかに出すのは無理かもしれないけどな。


 でも、今まで家事を全然やったことの無いやつが作ったならまあ上出来だし、米屋の丁稚なら……これよりいい米を食ってるかもしれないけど、まあ丁稚に出す料理なんてそんないいもんじゃないはずだ。


「若旦那、ちいといいでっか?」


 飯を食ってる俺に桜が声をかけてきた。


「ああ、いいぜ、なんだ?」


 なんか桜は心配げにいってくる。


「若旦那はわっちが炊いた飯、ほんまにうまいと思って食ってます?」


 俺は苦笑しながら言った。


「なんでそんなことを聞くんだ?」


 桜はさらに心配そうに言った。


「いや、飯炊き女が楼主さんは味音痴なんじゃないかって言ってたからねぇ」


 俺は頭を掻きつつ言う。


「あのな、桜。

 たとえばお前さんが禿に字教えて書かせたとする。

 そいつが文字を書くのがはじめてだった時少し下手でも”うまくかけたね”って言ってやるんじゃないか?」


 桜は頷く。


「まあ、今まで文字を書いたことのない禿だったら文字を書けたら良くできたって褒めてやりますな」


 俺は桜の言葉に頷く。


「まあ、そいつとおんなじだよ。

 お前さんは今までやってこなかった家事を今から一生懸命覚えようとしてる。

 別に塩と砂糖を間違えたとか、米がびちゃびちゃすぎて食えないってほどじゃねえ。

 普通に喰う分にはまあ、お前さんの間夫が大名の殿様並みに味にうるさいとかじゃなければ

 問題ないんじゃないかと思うぜ。」


 桜はなんかホッとしてた。


「ああ、そうでしたか。

 実はうちに来てる大名客みんなが味音痴なんじゃないかと心配になったんですわ」


 俺は一瞬言葉に詰まる。


「……まあ、そんなことはないんじゃないか?」


 実際には水戸の若様などに出してる料理に関しては今まで彼らが食べたことがない材料などだからうまく感じるだけで、別に俺の料理の腕はホテルのシェフとか料亭板前並みってことはないだろうから、この時代の腕のいい料理人と同じものを作ったら俺のほうが下手って可能性はけっこう高いんだけどな。


 なんせこの時代には本来マヨネーズとか無いわけだし。


「まあ、大名様相手の置屋や揚屋の台所の飯炊き女と同じ味の飯が炊事を覚え始めたばかりの桜に作れたら逆にそのほうが驚くぜ。

 何年もずっと料理を作ってきてるやつと料理をつくり始めたばかりのやつで腕の差があるのは当然だろ」


 桜は頷く。


「まあ、そうでんな。

 でもまあ、実際はわっちの炊いた飯そんなにうまくはないんでやんすか?」


 俺は苦笑して言う。


「まあ、そりゃまだまだ炊きむらとかはあるな。

 ただ普通の家じゃここみたいな大きな釜でたくわけでもないしそこまで神経質にならなくてもいいんじゃないかね」


 桜は首をひねっている。


「そうどすか?」


「多分、なんだけどな。

 まあ、なんだったらその丁稚のところに弁当の差し入れでも、しに行ったらどうだ」


 桜は顔を輝かせる。


「いいんでっか?」


 俺は頷く。


「別にいいんじゃないか?」


 まあ、その丁稚に”このおにぎりは炊きそこないだ、食べられないよ、お前さんには明日本物のおにぎりを食わしてやる”などとは言われないことを祈ろう。


 飯が終わった俺は台所に行ってみた。


 桜はウキウキしながら鮭の海苔巻きおにぎりを作りそれを笹の葉で包んでいる。


 添え物は大根の漬物だな。


「ではいってきんす」


「おお、気をつけてな」


 実はおにぎりに海苔が巻かれるようになったのは江戸時代からだったりする。


 東京湾は海苔の良く取れる湾で平和になってからは海苔の養殖が広まった。


 海苔が巻かれたおにぎりは手にご飯がつかないという便利さで、その後おにぎりにのりを巻く習慣が広まっていくんだな。


 さて桜が夕刻に戻ってきたがその顔には満面の笑顔が浮かんでいた。


「おう、どうだったんだ?」


「あい、お前さんはいい嫁さんになれるぜっていってもらえんしたよ」


「おう、そいつは良かったな」


 まあ世の中には惚れた弱みでメシマズ嫁が作る毒物を表面上笑顔で、こころで泣きながら食ってるケースもあるからなんとも言えんが、まあ大丈夫そうだな。

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