9月になると大分寒くなってくるので衣替えなんだ、そして芋掘りと芋煮を開催するぜ

 さて、8月もあっという間に終わって9月になった。


 9月9日は重陽、菊の節句だ。


 といっても3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕に比べれば21世紀では知名度は格段に落ちてるんだけどな。


 1月7日の七草の節句も21世紀ではあんまり七草粥とか食べなくなったけど。


 この日は農村では稲などの農作物の収穫を祝う日でもあり、気温も下がってくるので遊女の衣も、単(ひとえ)から袷(あわせ)に替わる。


「おーい、藤乃、衣替えの袷を持ってきたぞ」


「はいはい、三十両でありんすな」


「おう、用意がいいな」


「まあ、毎年のことでやんすからな」


 まあ、衣替えもしつつこの日は見世の前や部屋の中に菊を飾って其れを観賞したり、酒に菊の花びらを浮かべる菊花酒を飲む。


 この菊花酒の習慣自体はかなり古く三国志の時代の魏の国ではすでに飲まれていたらしい。


 日本へは平安時代に中国から伝わりまずは宮中の儀式として貴族や皇族で広まり、その後武士階級にも広まって、重陽の節句に長寿を願って9月9日に登城して祝儀を菊酒で祝うようになり、江戸時代に習慣は庶民にも広まったといういつものパターンだな。


 菊花酒の正式なものは乾燥させた菊の花弁を酒に漬け込むのだが、殆どは簡易的に盃に菊の花びらを浮かべて飲む。


 その他にも菊の花の上に綿をおいて、花の露を染ませ、その露で身体をぬぐう被綿(きせわた)、乾燥させた菊の花弁を中の詰め物に用いた菊枕、菊の花を浮かべた菊湯、 菊の花をもちより、その花の美しさを皆で品評して優劣を争う集まり菊くらべなども行ってこの日は菊尽くしで不老長寿や除災除厄を願うんだ。


 3月の桃の節句でも、桃の花を漬けたお酒を飲み、桃の葉が入ったお風呂に入って邪気祓いを行うのと同じだな。


 菊というのは穢れを祓うと言われているが実際にその花には殺菌作用があり、刺し身についてくる黄色い花はたんぽぽじゃなくて腐敗防止用の食用菊だし、除虫菊は蚊取り線香に使われているな。


 だからそういった成分を酒に入れたり、綿に染み込ませたり、湯に入れたり、枕の詰め物にしたりして体の中に取り入れようとするというのは結構合理的なことでも在るんだ。


 またこの日は後雛(のちのひな)でもあり桃の節句に飾った雛人形を飾る風習も有った。


 うちの見世にはなかったので新しく買い求めたけど。


 本来は、高くて貴重な雛人形を1年間土蔵などにしまい込まず、半年後の天気の良い時に表に出して虫干しをすることで、人形の痛みを防ごうという意味合いもあったりするんだがな。


 しかし、雛人形は結婚という女性の幸せの象徴でもあり、人形は人の分身として人間の代わりに厄を引き受ける役目もあるので、それに対しての感謝と祈りを込めて大事に扱い、なるべく長持ちさせることが飾っている人間の長生きにも通じると考えられているのだ。


「どうか、皆にお得意さんがついて身請けしてもらえますように」


 俺は買ってきて飾った雛人形にそうやって祈る。


 そうしていたら桜が俺に声をかけてきた。


「まあ、お雛様でんな、若旦那」


「ああ、桜、お前さんもお祈りしていたほうがいいぞ」


「はい、そうしますえ」


 そう言って桜も雛人形に手を合わせている。


 おつきの禿なんかも良くわからないなりに祈ってるな。


 なんだかんだで身請けしてもらい大名や商家、もしくはそんなに金がなくても真面目に遊女に惚れた男の奥方に収まるのが一番の幸せだろうと俺はおもう。


 そして、その翌日、雛人形や菊の花は仕舞となり、自家菜園で育てていたジャガイモや水戸芋の収穫を行うために、俺は水戸の若様、紀州、尾張、会津、館林、甲府、松代、沼田の殿様などを集めて芋掘りと芋煮を行うことにした。


「うむ、楼主よ。

 今回は何が食べられるのか楽しみじゃな」


 水戸の若様が始める前からプレッシャーを掛けてきた。


「まあ、できるだけ簡単でうまいものにしたいとは思ってます」


 勿論殿様達本人が掘るわけではないのだが、特に水戸の殿様なんかは興味津々と見ている。


「大きいのがとれるかなー」


 禿たちはそんなことを言いながら芋のつるをひっぱる。


「戒斗様ー、こんなにいっぱい取れたでやんすよ」


 桃香がジャガイモがいっぱいぶら下がってる茎をぶら下げて持ってきた。


「おお、えらいぞ桃香」


 桃香の頭をワシワシとなでてやると桃香は嬉しそうに笑った。


「わたしも取れました」


 桔梗も水戸芋がぶら下がったつるを持ってくる。


「おお、桔梗も良くやったな」


 桔梗の頭をなでてやると桔梗は嬉しそうに微笑んだ。


 他の禿たちも芋を引っこ抜いて俺のところに持ってくる。


 俺は禿たちの頭をなでながらみんな褒めてやった。


 ちゃんと褒めてやることは大事だからな。


 そして掘ったばかりの芋を洗って、万国食堂で調理を開始する。


 石窯でジャガイモを載せたピザを焼き、ジャガイモの入ったドリアも焼く。


 鍋で肉じゃがっぽいものを煮て、ブラウンシチューも作る。


 小麦と混ぜて麺にしてニョッキも作る。


 水戸芋はそのまま落ち葉で焼いて焼き芋にしたり蒸し器で蒸してふかし芋にしたり、バター焼きや天ぷらにしてみたりする。


 ジャガイモと水戸芋の両方を揚げてみたりコロッケにしてみたりもする。


「うむ、やはり水戸芋は甘くて最高じゃな」


 水戸の殿様は焼き芋をうまそうにほうばっている。


 他の殿様たちもめいめいに思い思いの芋料理を食べて満足そうだ。


「うむ、会津でも水戸芋は育たぬかのう?」


 保科正之が俺に聞いてきた。


 どうも水戸芋のほうがジャガイモより評判が良いようだ。


「水戸芋は寒さには弱いのですが、5月の終わり頃で地温が十分に上がってから植えつければ大丈夫かもしれません」


「ふむ、では、種芋を分けてくれるかね。

 ジャガイモと水戸芋両方共試してみようと思うのだ」


「分かりました」


 甲府や松代、沼田の殿様にも同じようなことを言われたので、彼らにもジャガイモと水戸芋の両方をわたしておいた。


 冷夏と言っても20度より上がらないということはないとは思うし、浅間や富士、会津磐梯の火山灰の影響が大きそうなこれ等の藩では米より芋のほうがいいんだろう。


「あっまーい、これすっごく甘いでやんす」


 桃香も焼き芋を食べてほくほく顔だ。


「美味しい」


 桔梗もハグハグと水戸芋を食べてる。


 うむジャガイモの人気は今一つかな、やはりこの時代甘い食べ物は少ないし、仕方ないかもしれないがジャガイモも、もっと美味しく食えるように普及させられるようにしたいものだ。


 勿論、ジャガイモの芽や日に当たった緑色の皮の部分の毒には注意を促さないといけないけどな。


「まあしばらく、万国食堂の献立は芋を中心にしていくか」


 芋を食べるということに江戸の住民にも慣れてもらわないとな。


 まあ水戸芋の焼き芋やふかし芋は多分冬場には人気が出るとは思うんだが。

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