ある日の大島のオランダ人水夫

 俺の名はアレックス。


 オランダ東インド会社所属の水夫でバタビアとヤポンの間を行き来してる。


 今はヤポンのオーシマの水夫寮に寝泊まりしているところだ。


 今日はひとり寝の夜だった。


 起きて顔を洗い食堂へ行きテーブルに付くと料理が差し出される。


「ふむ、今日はアジのマリネか」


 鯵という魚はなかなかにうまい。


 それと白パンと茶にサラダが今日の朝食だ。


 食事をしていると同僚が話しかけてくる。


「それにしてもヤポンの女は最高だな。

 何と言っても控えめで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるし、しかもみんな若い」


 同僚のセバスティアーンが言う言葉に俺は頷いた。


「まったくだ、出来ることなら妻にしたいくらいだよな。

 実際は若いんじゃなくてヤポンの人間は年をとっても若く見えるらしいぞ」


「そいつは最高だな」


「まったくだ、オランダ人女は結婚したらすぐしわくちゃのでっぷり太った”かあちゃん”になっちまうからな」


「売春婦だってそうだ。

 オランダじゃ気の強い女ばかりでちっとヤポンの女を見習えと言いたいよな」


 尤もオーシマに女を連れ込むことも、オーシマから女を連れ出すこともエドバクフから許されていないのだが。


 基本的に夏にこの島に来て冬にバタビアに戻るまで4ヶ月ほどあるが、島に来てすぐの荷降ろしがある時期と帰り際の積み込みのある時期以外、正直いってやることは大してない。


 なので、バタビアから来た後で積荷を降ろしたいまは暇なのだ。


「まあ、島の割に水はなんだかんだで結構うまいけどな」


「ああ、インドやバタビアの水はまずいからなぁ」


 この島では生活用水としては雨水を利用する、具体的には樹幹流(木の幹を伝う水)を大きな木桶にためたり、家の雨樋の水をためたりして使う。


 この島には川がないからだが、インドやバタビアの川の水よりはずっときれいだし衛生的だ。


 まあ水夫なんてのは、きつい、汚い、危険が揃った仕事で荒くれ者も多い。


 だから、荷降ろしをしてなければ只のゴロツキにも見えるかもな。


 実際、酒を飲んでるか、かけポーカーをやってるか、ダーツをやってるか、ビリヤードをやってるか、バドミントンをやってるか、アームレスリングをするか、海で泳ぐかぐらいしかすることがないしな。


 金があっても使える場所がこの島にはない。


 ちなみに部屋の掃除や洗濯、炊事などは黒人やバタビア人の奴隷が行うので俺たちはやらない。


 ま、奴隷は全員男なんだがな。


 そんなわけでいまはセバスティアーンと娯楽室でビリヤードをやっている。


「さてさて、うまく入ってくれよ」


 私はキューでショットを行ったがうまく行かなかった。


「おやおや、今回も俺の勝ちかな?」


 そしてセバスティアーンに見事にショットを決められてしまった。


「ああ、なんか調子が悪いな」


 セバスティアーンはケラケラ笑う。


「お前さんはいつも調子が悪いな」


「うっさいわ」


 適当に切り上げて、昼食を取ることにする。


 昼食はターメリックライスと鯛のソテーに鹿肉のスープにスクランブルエッグの人参添え。


「ふむ、この国の魚は新鮮でうまいのが良いな」


 昼飯を食べたら海で泳ぐことにする。


「ふう、やはり海の水は冷たくて気持ち良いな」


 この国は夏は蒸し暑い。


 まあインドやバタビアほどではないが、蒸し暑いことに変わりはない。


 そんな時は海の冷たい水に体を浸すのが一番良い。


 水夫であれば泳ぎは当然必須でもあるしな。


 しばらくして日も傾いてくるとエドの方から船がやってくるのが見えた。


「お、ユージョがやってきたかな」


 私は急いで海から上がり、雨樋の下の桶の水を手桶ですくってかぶってタオルで体を拭くと服を着て桟橋に向かった。


「おお、来た来た、急がないと買い損ねちまうからな」


 俺は桟橋に急ぐ。


 船から色とりどりのキモノを着て美しく着飾ったユージョたちがおりてくる。


 とは言え気が合いそうなユージョと出来れば一夜を過ごしたいもんだ。


 しばらく、ユージョを見て、なんとなく良さげな女の子を見つけた俺はすぐさまその子に声をかけることにした。


「そこの可愛いお嬢さん、俺と一晩どうかな?」


 ユージョは頷いていった。


「だんけうえる」(ありがとう)


 おお、OKが出たぞ、しかも片言だがオランダ語だ。


「じゃあ、早速行こうか」


「やー」(はい)


 俺はユージョの手を取って、水夫の寮に向かった。


「じゃあ、夕食は一緒に食べようか」


「やー」


 俺は個室に夕食を運ばせることにした。


 夕食はガッツリと食べる。


 メニューは鰊のマリネ、豆とふかひれのスープ、ほうれん草とじゃがいものバター煮、骨付きイベリコ豚のソテーの人参のバター煮とカブのバター煮添え、ライス、シナモンケーキ、コーヒーとビールだな。


「お前さんも遠慮せず食ってくれな」


「るーく」(素敵)


 ユージョがビールをコップに継いでくれたので遠慮なく飲む。


「ぷはあ、やっぱり一日の終りはビールだよな」


 ユージョはうなずく。


「やー」


 遊女はスープを美味しそうにのみ、ほうれん草とじゃがいものバター煮を食べている。


「れかー」(美味しい)


 どうやら彼女は美味しく頂いているようだ。


 日本人は何故か豚や牛を食わないがそれが年を取らない秘訣なのかね。


 夕食が終われば後はお楽しみの時間だ。


「じゃあそろそろベットに行こうか」


「やー」


 やはり日本人の女性はいいな。


 若くて奥ゆかしい、その日の夜は心ゆくまで楽しんで果てて寝た。


 そして翌朝。


「あるすとうぶりいふとう」(はい、どうぞ)


 そういって彼女は洗顔用の盥を用意して、日本の歯ブラシと歯磨き粉、うがい用のコップを渡してくれた。


「ん、ありがとうな」


「だんきゅうえる」


 彼女はそう言ってニコニコしている。


 うん、こういう心遣いはすばらいい。


 そして俺の朝の身支度が終わったらお別れだ。


「また来てくれよな、次も君を選ぶから。

 あ、これを持っていってくれ」


 俺はゴールドのネックレスを彼女に手渡した。


「だんきゅうえる、とついーんす」(ありがとう、またおあいしましょう)


 そういって彼女は頭をペコリと下げると部屋から出ていった。


「はあ、やっぱいいなぁ。

 俺も日本に生まれたかったぜ」


 こうして大島の水夫の平凡な日常はまた始まる。

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