桜の岩と西田屋の梅毒になった遊女のその後経過は順調だ

 さて、岩に悩んでいた桜だがだいぶ岩も小さくなってきたようだぞ。


「よう、桜。

 どうだ岩の方とか体調は」


 桜はニコっと笑って俺の質問に答えた。


「一時はどうなることかと思ってましたが岩も小さくなってきているし若旦那にはほんまに感謝しきれませんわ」


「おお、そうか、それなら俺も色々手に入れたかいがあったぜ」


 癌の原因になるらしい塩分を減らして、やはり癌の原因になる鉛の白粉を塗らせるのをやめ、夏の間はゴーヤを味噌炒めにしたりチャンプルーにしたりゴーヤとツナマヨの苦くないサラダにしたり 、綿と種をゴーヤ茶にしたりしてゴーヤをなるべく毎日食わせつつ、こんにゃくや海藻料理の献立も考え欠かさず納豆を食わせ続けたかいが有ったな。


 年季が明けたら遊女手習いで教えながらのんびり暮らすなり、どこかの裕福な商人なりに身請けしてもらうなりしてゆっくり余生を過ごしてもらいたいもんだ。


 なんだかんだで桜にも俺も世話になったからな。


 桜の胸のしこりが癌とは限らないにせよ、癌細胞が大きくなってしまってからだと、外科的に手術でとったり、抗がん剤を投与したり放射線治療を施してもむしろ逆効果らしい、そりゃ癌ができる体質を改善しないで大きくなってしまったやつを取り除いたとしても、意味は無いわな。


「まあ、寒くなってきたらゴーヤは体を冷やすからなるべくやめよう。

 そのかわりなるべくキノコ料理を出すようにするぞ」


「それはわっちにはむしろ有り難いのですけど」


 桜が苦笑していった、そうか毎日ゴーヤはチョット不評だったか。


 とは言え薬代わりとしてガンに効く食べ物としてゴーヤは外せなかったしな。


「まあ、岩が完全に消えるまでは岩をけすのに良い食物は食べてもらうぞ」


「あい、わかってやんすよ」


 癌にも色々な種類があってしこりが消えても安心できないこともあるそうだが、食事と睡眠の改善でなんとかなりそうでよかったぜ。


「久しぶりに吸い玉もやってみるか?」


「あい、わかりんした」


 俺は陶器の湯呑みを10個ほど用意して桜に言った。


「じゃあ上半身諸肌脱いで、うつ伏せで背中をだして床にねてくれ」


「あい」


 以前やったように桜の背中に吸玉を施す。


 しかし、前ほど真っ黒になったりはしない。


「ふむ、だいぶ血もきれいになったみたいだな」


 桜はニコニコしてる。


「それはようござんした」


 吸玉をしてもちょっと赤くなるくらいならだいぶ良くなってるな。

 これなら心配もないだろう。

 半年近くたってやっと小さくなってきたくらいだから完全に治るにはまだ時間がかかるのかもしれないけどな。


「そういや西田屋の楊梅瘡を患ってた遊女は今頃は治ったかな?」


 俺はふと気になったので遊女の様子を見に行くことにした。

 2ヶ月ほどたったしもう良くなってるとは思うがな。


「熊、妙、ちょっと西田屋の様子を見てくるんで後を頼むぜ」


「へえ、いってらっしゃい」


「はい、お気をつけていってきてくださいね」


 まあ、見世はこの二人に任せておけば安心だ。


 道をてくてく歩いて西田屋に向かう。


 揚巻が俺を見つけて頭を下げてきた。


「おや、三河屋さん、今日は一体どうしたんですの?」


「いや、最近西田屋の方は細かく見てなかったからなどうだ、最近の調子は」


 揚巻は笑っていった。


「はい、わっちはかなり良くなりました。

 惣名主さんの言うとおりお客に戻ってきてもらうことを大事にしてますわ。

 ほんま笑顔と誠実というのは大事でんな。

 三代目もさいきんはいそがしいみたいでんな」


「おう、お前さんたちにもわかってもらえたようで何よりだぜ」


 西田屋の二代目はともかく三代目はまともらしい。


 彼は俺より年上だから本来なら俺の下で働くってのは屈辱的なことなんだが、下手すれば一家全員の命がなかったかもしれないのに比べれば店も繁盛してるようだしいいんじゃねえかな。


「ところで、鳥屋についてた、若いやつは今どうしてる?」


「はあ、明石でしたらもう元気になってますえ。

 抜けた髪も元通りになってますし良うござんしたな」


「そうか、そいつは何よりだ。

 ちょっと上がっていっていいかい?」


「はい、勿論ですわ」


 俺は西田屋に入ると広間に上がった。


 夜見世の遊女たちはちょうど起きたばかりのようだな。


 そして5月に西田屋を俺が見ることになった時は死にそうな顔をしていて目が死んでいた遊女たちも皆生き生きとしている。


 白粉で隠しきれないほどの目の下の隈などもないな。


「よう、おはよう。

 お前さん達調子はどうだ?」


「はい、随分良くなりましたわ」


「ほんまほんま、全然まえとはちがいますわ」


 俺は遊女たちの表情と声も明るくなってるのを肌でかんじた。


 そして、鳥屋で寝込んでうなされていた遊女の姿を見つけた。


「よう、元気になったみたいでよかったな」


 明石は俺の顔を見て驚いたようだが、その後慌てて頭を下げた。


「ほんに、ありがとうございます。

 おかげさまで今はいたって元気でやってます」


「ああ、治ったなら頑張って客を取ってくれな」


「あい、がんばりんすよ」


 明石は化粧をする前だが顔の赤いかさぶたみたいなものも消えてるし、目立って禿げているところもないようだ、まあまだ若いし梅毒の毒が消えれば治りも早いのかもしれないな。


「あー、もし病になったら見世に出ることよりも養生院に行って病を治すことを優先してくれ。

 無理して客に病を移しちまっても評判も悪くなるしお前さんたちの体にも悪い」


 そして金をかけて育ててきた遊女があっさり死んでしまっては見世としてももともとれないというものだ、禿や新造のように今は稼げず、金を十分持ってない遊女だって大事な財産だ。


 芸事や教養を身に着けた遊女というのはそれこそが大切な財産なのだから使い捨てにするようなやり方をするのはただの馬鹿だと思うんだがな。


 それから俺はそれぞれの見世の遊女たちに朝一番のラジオ体操を教えることにした。


「みんな、俺に合わせて体を動かすようにしてくれ。

 それ、いちにっさんし、にーにっさんし」


「いちにさんし、にーにさんし」


 遊女たちは普段体をあまり動かさないが、ラジオ体操は特に肩や腰をほぐして温めるのにとても良い。


 体操をするためのスペースもたいして広いスペースもいらないし、動きもそんなに複雑じゃない、やるための時間もそんなにいらない。


 ラジオ体操は動的ストレッチとして十分な効果があるからな。


 後は本来寝る前に軽くヨガなり静的ストレッチをするのもいいのだが、大見世の遊女のはそういう余裕はないしなぁ……まあ、泊り客の少ない小見世や切り見世の遊女からヨガや静的ストレッチは教えていくことにしようか。

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