今年も場所によっては旱魃だったり水害だったりするらしい

 さて、昨年の明暦の大火という災厄から逃れるために万治に改元して間もないが、各地の状況に詳しい女衒に話を聞くと今年も日本のあちこちで旱魃や水害が起きているようだ。


「今年はどこがヤバそうなんだ?」


 俺がそうきくと女衒が答えた。


「まずは畿内や東海、南海方面の大雨だな」


 女衒の話では今月8月の3日と4日両日に集中豪雨があり、駿河、摂津、河内、播磨、丹波、丹後、土佐などの田に高潮で海水が入り込んだり、淀川や加茂川、四万十川での洪水で田圃(たんぼ)のあぜが壊れたり、家が流されたりしているらしい、ということはおそらく台風なんだろうな。


 俺は女衒にいう。


「そいつはまずいな。

 大阪の商いや海運は無事なのか?」


 女衒は答える。


「ああ、そのあたりは大丈夫みたいだが」


 俺は続ける。


「高潮や洪水で田の米がだめになったら、来年飢饉になりかねないな」


 女衒はそれに頷いた。


「ああ、その可能性はあるな」


 尾張や紀伊も当然それなりに被害を被っているのだろう。


 来年に影響が出ないといいがな、特に尾張は低湿地の田圃も多いはずだし。


 とは言えその辺りの農民や漁師が子どもを売るとしたら京の島原や大阪の新町だろう。


 とは言え殿様たちが相談にきたとして俺が今すぐ何か出来ることがあるかというと、せいぜい山羊を譲ってヤギの乳を飲ませてやるように言うくらいしか無いけどな。


「逆に九州や津軽じゃ旱魃が起きててな。

 結構ヤバイ状況らしい」


「九州や津軽は日照りか。

 一体どうなってるんだかな」


 俺は首をひねった。


「まあ、本当に良くわからんな」


「とりあえず、津軽で娘を売るっている家があったらなるべく引き取るようにしてくれ。

 今なら多少多くても抱えられるからな」


「ああ、分かった」


 所詮遊郭の楼主でしか無い俺に出来るのは、農村や漁村の売られた娘を引き取ってやるくらいだ。


 江戸時代は封建制社会だから日本全国の各藩というのは藩は独立した立法権・行政権・司法権・徴税権を持った一つの小さな都市国家みたいなものだから、幕府も細かいところまでは干渉できない。


 幕府と諸藩はあくまで鎌倉幕府以来の御恩と奉公の関係でしか無く、諸藩から上がってきたコメを税として収めるということも基本はない。


 しかし、東北はやませの影響によりこの時代は特に冷害の影響を受けやすくなってるが、旱魃も起こるために東日本は飢饉に陥ることが少なくない。


 そして、寛永の飢饉の際に将軍徳川家光は諸大名に対し、領地へおもむいて飢饉対策をするように指示をした。


 それはいいのだがさらに諸国に対して、米作離れを防ぐために雑穀を用いるうどん・切麦・そうめん・饅頭・南蛮菓子・そばきりの製造販売禁止さらに身売りの禁止、江戸での米不足や米価高騰に対応するため、大名の扶持米を江戸へ廻送させるというやるべきでないことをやってしまった。


 これでは稲が実らなくなれば替わりに食べる救済作物の食べ物ものもなくなり、身売りもできないうえに、地方の米はすべて江戸に送られてしまう。


 となれば農民は結果逃散するか餓死するしか無いということなのだがな。


 なので飢饉の時に困るのはいつも農民だ。


 しかも陸奥弘前藩(むつひろさきはん)は苛政を行ったので有名だな。


 とは言え封建制の江戸時代では諸藩特に外様の藩に対しては幕府はあまり力をつけられたら困ると天災が起こり外様の藩の国力が削がれることをむしろ歓迎していた節がある。


 ちなみに1649年に徳川家光が定めたという『慶安の御触書』は本当は無いぜ。


 ただ、水田に向いた土地が少ない甲府では「百姓身持之事」という決まりを定めてはいたらしい。


 農民は粟や稗などの雑穀しか食べられなかったという誤解はここから来ていたりする。


 俺は三河屋の自室にもどってため息をついた。


「結局、俺の出来ることなんて大したことじゃないんだよな」


 それを聞いた妙が俺にそっと言った。


「そんなことを言わないでください。

 あなたは少なくとも私と私の家を助けてくれましたし遊女のみなさんもあなたに感謝してると思いますよ」


「ああ、そうだな、ありがとな妙」


 妙ににそう言ってもらえるとい少し気が楽になった。


 もともと俺の手がそんなに長くないことはわかってたんだ。


 俺は俺なりに出来る範囲と手段で救える人間を救っていこう。


「せめて、大島経由で小麦を多量に輸入することぐらいはできないかな。

 行き倒れも増えるだろうし養生院の食い物の在庫を増やさないと駄目そうだな」


 妙は頷いた。


「そうかもしれませんね」


 もともと養生院は貧しくて医者にかかれないような貧民救済用の施設だ。


 無論、歳をとったりして客が取れない切見世などの遊女に安定した稼ぎをもたらすという意味合いでも重要な施設なわけだが、行き倒れ対策の場所でもあるしな。


 そろそろ芋も掘れるはずだし、水戸の若様とか甲府や会津の殿様にも芋掘りに参加してもらってもっとじゃがいもを広めてもらおうかね。


 みんなで芋掘りをしてそのまま芋煮会なんてのも悪くないよな。

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