大島に遊女を派遣するついでにオランダ人から色々手に入れようか

 さて、廃業した大見世の遊女や下女なんかはだいたい再雇用の目処もついたし、大見世の置屋や揚屋は旅籠兼出会い茶屋として再利用できそうだ。


 俺はもふもふ茶屋を拡張して、花鳥茶屋、珍しい花や鳥などが見れる茶屋にすることにする。

 明治以降は動植物園が出来てしまい衰退したが、江戸時代では珍しい花や鳥を見られる茶屋というのが有ったのだな。


「じゃあそろそろ、大島の出島に行くかね。

 やらないといけないことも色々あるしな。

 今までは長崎のみだったから遠すぎてなかなか手にれられなかったものも早く手に入るようになるのは嬉しいぜ」


 妙が不思議そうに聞く。


「そんなに大島には珍しいものがあるのですか?」


 俺は頷く。


「日ノ本にはいない鳥や獣、ない花なんかは結構多いからな。

 南蛮人や華僑はそういったもんを持ち込んでるはずだ」


 長崎の出島から伊豆大島に南蛮貿易の拠点が移動したことで、南蛮と呼ばれるオランダ人を中心としたドイツ人やフランス人、その他には主に台湾や東南アジアから渡航する華僑系の中国人商人たちから輸入品を入手するのはだいぶ楽になる。


 まあ、華僑系商人は長崎でもそのまま商売は続けるけどな。


 基本的にはオランダ商人は毎年春に季節風を利用してバタヴィア(現在のジャカルタ)を出港し、夏の8月ごろに伊豆大島へ来航し、その年の12月にはまたバタヴィアへ帰路につく。


 大島が外国人で賑やかになるのはその約4ヶ月の間だが、日本に来る外国人には、夫人などの女性の同伴を一切認められなかったため、その代わり居留地に遊女が出入りすることが許されている。


 今までは長崎の遊女が出島に渡っていたのだが今年からは江戸の吉原から向かうことになるわけだ。


「とはいえ、江戸の遊女が南蛮人に対して言葉が通じるかどうかわからんのだがな」


 妙は苦笑しながらいった。


「まあ、それは仕方ないと思います」


 まあ、オランダ語がわかる人間なんてこの時代にはほとんどいないしな。


 まあ、通訳は連れて行くけど。


「じゃあ行ってくる。

 後は頼むぜ」


 妙が火打ち石でカチカチとやって見送ってくれる。


「はい、行ってらっしゃい。

 お気をつけて」


 ああ、なんか夫婦って感じだよな。


 もちろん大島には誰でも行けるわけではない。


 大島に出入するための門鑑(通行許可書)が必要であるのだが、そのあたりは俺は遊女を手配する役でもあるのでお奉行様からちゃんと入手してある。


 あとは、熊と妙に三河屋なんかは任せて大島に行ってくるだけだ。


 大島は坊主と女の出入りは禁止されてるので妙は行きたくてもいけないのだな。


 その代わりに大島に派遣する遊女を連れて行かなくてはならない。


 これに関しては小見世の遊女たちを連れて行くことにした。


 長崎の出島の時も丸山町や寄合町の遊郭の遊女が出島に向かったが、日本人、中国人相手よりも格の低い遊女が行くのが普通だったんだ。


「南蛮人のところでっか、わっちらでうまく相手をできんすの?」


 大島に渡る小店の遊女は少し心配げだ。


 ちなみに危険日に当たる遊女は連れて行かないぜ。


「大丈夫だ、相手が南蛮人でもやることは変わらんからな」


「まあ、そうでんな」


 まあ性病や伝染病が怖いがそのあたりは丸山の遊女も同じだったはずだ。


 戻ってきてサウナにたっぷり入らせて納豆もたっぷり食わせよう。


「まあ、食いもんはだいぶ違うと思うがそのあたりは気にしないで食っておけ。

 なんだかんだでうまいと思うぞ」


「そうなんでっか?」


「多分だがな」


 当然食事は洋食だから牛豚羊山羊などの肉、パンやパスタなどの主食、バターやチーズなどの乳製品、コーヒーや紅茶などの飲み物、ビールやラム、ジン、ワイン、ウィスキーと言った洋酒、チョコレートやカステラなどの洋菓子など日本では非常に珍しいものを食える。


 基本的にはバタビアから家畜や野菜類を輸送し、家畜小屋で飼育したり畠田栽培して必要な時に屠殺したり収穫したりして食うはずだ。


「それに南蛮の珍しい贈り物をもらえるかもしれないぞ」


「それはええでんな」


 実は丸山のオランダ行きと呼ばれる遊女は格は低いとされたが外国産の珍しい品物を贈られ、案外華やかな暮らしをしていた。


 また気の強い西洋の女性よりおしとやかな日本女性に入れ込むオランダ人も多かったらしい。


 そんなわけで俺は小店の遊女たちを連れて、大島へゆく船にのった。


 伊豆大島は古くは源為朝が流人として流された島であり、江戸時代でも流刑地として使われていたのだが、伊豆半島からの距離が近すぎて島からの脱出が容易であるという理由もあって後には流刑地から外れるのだが、これは京の都からは遠くとも江戸からは近いからだったりする。


 島には田んぼはないが畑で麦、里芋、大豆、大根などは栽培されており、漁業では鰹や鯖、鯛、鯵、飛魚、椎羅などの良い漁場でもある。


 そして大島で有名なのはクサヤと明日葉と椿かな。


 クサヤは鯵や飛魚などを開いたものを「くさや液」と呼ばれる魚醤の一種に漬け込んだもの。


 クサヤ菌は動物性乳酸菌の一種なので抗菌作用があるし、クサヤは塩分が少ないというメリットも有る。


 その匂いは納豆や鮒ずしを上回るとも言われ苦手な人間は絶対食べられないと言うが、案外うまいぜ。


 明日葉は栄養価の高い葉野菜だな、小松菜やほうれん草なんかと同じようにして食べるとうまい。


 そして椿は椿油に使える。


 船は江戸の町を出て、櫓を漕ぎながら海を進んでいく。


「天気もいいしそんなに時間はかからなそうだな」


 そして何事もなく伊豆大島に到着した。


「mooi!」


「Wat mooi!!」


「De mooie vrouwen!」


 女に飢えたオランダ人の船員が小見世の遊女を見て何か言ってるな。


 可愛いとか綺麗って意味かね。


「じゃあ、お前さん達うまくやってくれな」


「あい、頑張りんすよ」


 遊女たちは身振り手振りや言葉の響きでなんとなく気に入った相手を選んでついていっているようだ。


 今日は泊りがけで異人と一夜を過ごして明日一旦江戸に帰ることになる。


 俺は通訳伴って商館に向かう。


 そしてオランダ人からレモンやライム、グレープフルーツ、いちご、西洋林檎や西洋葡萄などの果物、西洋人参や玉ねぎ、トマト、キャベツ、じゃがいも、オクラ、ピーマン、トウモロコシ、落花生、パセリ、モロヘイヤ、アスパラガス等の野菜のたねや種芋、乳山羊や孔雀、オウム、インコ、ドードーなどの家畜や見世物目的の鳥獣、薔薇や西洋蘭などの人気の出そうな花などを真珠のブローチ、漆塗りの柘植の櫛、銀の簪、螺鈿細工の漆器のお椀、七宝細工の皿などと交換して手に入れた。


「ありがとうな、助かるぜ」


 俺が通訳にそう言うとオランダ人商人も笑った。


「こちらこそ美しい装飾品が手に入って何よりだと言っていますね」


 金や銀の地金じゃなくて細工物なら金や銀を使う量は減らせるし、漆や真珠などであれば再生産も可能だしな。

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