大見世はいろいろな人間の救済場所だったり手習い所かわりだったりの場所だったりもする

 さて、ある日のこと穢多頭の弾左衛門に連れられて一人の幼女が俺の店に来た。


 そして弾左衛門は言った。


「お前さんの所で、こいつを育ててやっちゃくれないか?

 こいつは俺の部下でそれなりに土地を持ってる裕福な夫婦の娘だが、このまま穢多の娘として育てるには忍びないと泣きつかれたんでな」


 俺はそれを聞いて幼女を見てみたが、容姿的には問題はなさそうだ。


「わかった、俺んところで預かるぜ」


「そいつは助かるぜ、何かあったらまた頼む」


「ああ、了解だ」


 弾左衛門は帰っていった。


 そして俺は残された幼女に年齢を訪ねてみた。


「お前さん歳はいくつだ?」


 幼女は答えた。


「いつつ」


 五歳か、まあ、最悪読み書きができなくてもなんとかなるな。


 さて、この江戸の時代では基本的には職や身分は世襲制だった。


 武士に生まれれば武士、農民に生まれれば農民、町人に生まれれば町人になるのが普通ということだな。


 しかし、町人の商人や大工、職人、絵師、医者や学者の場合は実子に店や流派などを継がせることは少なく、番頭などを婿入させて店を継がせることが多かった、これは実の息子だからと能力がなければすぐに潰れるのが目に見えていたからだ。


 商人や大工、職人、絵師、非人の医者や学者などは本当に厳しい実力社会だったんだな。

 有名な人間の息子だからとただ贔屓されることもなく、大店の商人の息子でも他所の店に丁稚奉公に出て学ばなければならなかった。


 逆に子供が可愛いからと能力のない実子に継がせた店は潰れたりするのもよくあることだ。


 下級武士や浪人が商人や農民になることこの時代ではよくあるし、農民が武家の養子を経て下級武家に嫁入することもあるけどな。


 しかし、穢多非人はその身分から抜け出るのはかなり難しかった。


 そして吉原で生まれたものや遊女になったものは非人身分として基本的には町人の下と扱われていた。


 無論、太夫などは大名や公家も相手できる存在であるし、医者や手習い所の師匠なども非人扱いだからから一概に非人だからといって蔑まれているわけでもないし、身請けされた遊女の身分は見受けしたものに準ずるものとされた。


 なので、浅草や品川などの町人よりも身分が下とされた穢多非人身分の人々の中には、娘が生まれ容姿が優れている場合は、穢多頭や女衒に娘を託し遊女にするものも居た。


 吉原の大見世で運良く引き取られれば、手習い芸事を受けさせることも出来るし、身請けされて吉原を出ることができれば、商人や武士身分となることができた。


 穢多非人は手習いを習うことは出来ないのが普通だからな。


 ちなみに士農工商という身分制度や上下関係はないというのが21世紀現代の定説で、武士は上に立つが、その他の百姓・町人と、医者、学者、手習いの師匠、僧侶、神人などの世俗から外れた身分の者、弾左衛門の下にて支配された、芸人、乞食、処刑人、屠殺人、牢番等の平民から排除された非人奴(奴隷)身分の穢多非人として区分されていたというのが正しい。


 最も歩き巫女や民間祈祷師のように芸人なのか神人なのか定かでない存在もまだ居たりするが。


 まあ、町人からは楼主や若い衆がよく見られないというのは21世紀現代では一般的な会社員がみて風俗のオーナーや男子従業員が良くは見られないのと同じだな。


「お前さん名前はあるかい?」


 幼女は首を横に振った。


「そうか、じゃあ今日からお前さんの名前は……桔梗だ」


 幼女はコクリと首を縦に振った。


「ききょう……ありがとう、おじさん」


 俺はやり手を読んで桔梗のことを託した。


 もう少し人懐こくなれればそれなりに人気は出そうだな。


 遊女の人気の要素はやはり顔が一番大きいからな。


 また別の日だが裕福そうな町人の親子連れがやってきた。


「三河屋さん、うちの娘を太夫様預かりにしてはいただけませんか?

 無論預かっていただきますお代はお支払いたします」


 そして娘がペコリと頭を下げる。


「どうかお願い致します」


 まあ見た目は悪くないが遊女になるには忍耐と健康と愛想の良さも必要なんだがな。


 まあそのあたりは商人の娘は心得てるやつが多いが。


 この時代の大見世の太夫は町人の女にとっても憧れの存在なのでわざわざ金を払って見世に弟子入りを希望する裕福な町人も居た。


 21世紀現代でも舞妓に憧れる娘さんがいるがそれに似たようなもんだな。


「まあ、いいだろう、ただいきなり太夫預かりとは行かないぜ。

 部屋代、メシ代、手習い代込で一月400文(約1万円)、駄目そうなら家に帰すがいいかい?

 ちなみに歳は幾つだい?」


 親は頷いて、400文を払った。


 これは一般的な手習い所の月謝の2倍の金額だ。


「はい、それで構いません。

 年は7つです」


 娘も頭を下げた。


「どうかよろしくお願いいたします」


 俺は二人へ頷いた。


「わかった、じゃあまずは一月預かって様子を見る。

 頑張れば太夫預かりになれるがそう簡単ではないことも

 理解しておいてくれ」


 娘は頷いた。


「はい、わかっております」


 こうして俺が預かる禿が増えていくことになった。


 ちなみに金を預かっているやつは年季もないし、実際に遊女になるもならないも自由だ。


 ちなみに金を払えるほどではないが、金を前借りするほどでもない町人は無料で預かる代わりに年季を5年とかで短くするというときもある。


 まあ、最悪遊女以外にも俺の持ってる施設で働く場所はあるしなんとかなるかね。


 もう少しで住み込みで手習いや芸事を習える遊女私塾の建物も出来るしそっちも結構人が来そうな気もするのだがね、なんか俺のところで習えば徳川親藩や大奥で働ける可能性が高いとかいう噂が流れてるようだ。


 実際は、藩邸の奥女中そのものには伝手はないから雇ってもらえるかどうかはわからんのだがな。

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