初夏の名物といえばホタルだな、みんなで蛍狩りに行くぞ

 さて、あれやこれやで忙しい中ではあるのだが、あくまでも遊女屋家業が俺の本業である。


 そして初夏の夜の名物といえば花火とともにホタル狩りもある。


 だから蛍狩りを催すことにした。


 蛍は日本書紀や万葉集の時代から文献に書き留められているくらい古くから人間に知られている昆虫だ。


 ただし、より身近な存在となるのは平安時代からで、源氏物語や伊勢物語にも蛍は登場している。


 日本の代表的な蛍は、「源氏蛍(げんじぼたる)」と「平家蛍(へいけぼたる)」だが、これは源平の合戦で命を落としたものの魂が蛍となって、夜に集いその後も戦い続けているのだと考えられていた。


 そして蛍と言う字は見ての通り光る虫だが、別の漢字の火垂という名前は、尻に火を垂らしている虫という意味だったようだ。 


 日本では蛍という虫の幼虫はカワニナなどを食べる水生昆虫と考えがちだが、実は幼虫でも陸生のホタルのほうが圧倒的に多い。


 日本のゲンジホタルやヘイケボタルは日本という淡水環境が恵まれた土地だからこその環境に合わせて適応進化した例外だったりするのだ。


 俺は三河屋、西田屋、玉屋などの遊女に花見や花火見物のときと同じように客を呼んで蛍狩りをおこなうので遊女になるべく客を呼ぶように伝えた、そして今回は三浦屋や山崎屋、その他幾つかの中見世も参加することになった。


 花火の時は来なかったが、今回は来るというのもやっぱ様子を見ていたんだろうけど三浦屋達はなかなか目ざといな。


 先代西田屋派の大見世の連中はやっぱりこないらしいがなぁ……。


「まあ、しかたねえな、強制しても軋轢が出来るだけだろう」


 遊女たちは蛍を捕まえるための先に葉を残した竹竿や笹の竿、団扇や扇子、虫捕り網や、捕まえた蛍を入れる虫籠を嬉しそうに用意している。


 夕方薄暗くなってくる前に三河屋、西田屋、玉屋、三浦屋、山崎屋などの大見世に加え、参加する中見世も皆共同で遊女たちがそれぞれ馴染みの客を呼び、客に金を払ってもらって一緒に吉原の外に出かける。


 それにくわえ惣名主の方の業務に携わってる秘書や美人楼、万国食堂やそこの託児所などの従業員、養生院などの医者たちも皆連れ立って移動する。


 今日は関係した見世などは皆休みだ。


 まあ、先代の西田屋派はこのスキに稼ごうと考えてるのかもしれないが、蛍狩りに一緒に行く客は金を払ってくれてるから別にこっちもまるまる損するわけじゃないし、客にとってもこういった行事がある方が新鮮で楽しいと思うんだけどな。


 水戸藩や尾張藩、紀伊藩、館林藩、会津藩、仙台藩から殿様や女中なんかも来てるし当然彼らの警護の武士も居る。


「よしじゃあみんな行くぞ」


「あーい」


 江戸時代の蛍の名所は高田の落合などいくつかあるが浅草の近くだと谷中宗林寺の近くの蛍沢の池が名所だな。


 まあ吉原の周りは田圃だらけなんでそこにいいくまでの間でも小さなヘイケボタルはちらほら舞ってるけどな。


「よし、到着だ、設営を始めるぞ」


「あい、若旦那」


 早速蛍沢の池の辺りの平らな場所に幔幕を張りめぐらせて、その中の緋色の毛氈の敷かれた上に、晴れ着に着飾った遊女たちが、連れてきた客に酒の酌をしたり、井戸水で冷やした水菓子(フルーツ)や甘酒を差し出したり、三味線や琴を弾いたり踊ったりして賑やかに楽しんでいる。


 各藩邸の奥向きから来た奥女中の女たちも一緒になって楽しんでる。


 あいかわらず警護の武士たちは大変そうだがそれが彼らのお役だから仕方ないな。


「ほう、ほう、ほたる来い。

 あっちの水はにがいぞ。

 こっちの水は甘いぞ。

 ほう、ほう、ほたる来い」


「ほう、ほう、ほたる来い。

 小さな提灯下げてこい。

 ほしのかずほどとんでこい。

 ほう、ほう、ほたる来い」


 禿や若い遊女が童歌を歌いながら池に竹竿や笹の竿をかざして、葉っぱに止まったホタルを捕まえ、年かさの遊女は優雅に団扇や扇子に止まった蛍をやはり捕まえて、お客に献上したりしている。


 一緒に来た中見世の遊女などは大名のお付きや護衛役の武士にホタルの入った虫かごを渡して営業に勤しんでいるようだ。


 なかなか目ざといじゃないか。


「うむ、見事なものよのう」


「全くですな」


 そんなことを言いながら殿様連中も一緒になって蛍を捕まえるのに夢中になっている。


 童心に帰るのもたまにはいい。


「戒斗様、蛍いっぱい取れたでありんす」


 虫かごにホタルを入れた桃香がやってくる。


「おお、いっぱい取れたな。

 どうだ楽しんだか?」


 桃香はニコニコしていった。


「あい、とっても綺麗で楽しかったでやす」


 妙も普段は眉間にしわを寄せて書類仕事に励んでいたりするのだが、今日は書類から開放されて楽しそうだな。


 やっぱストレス解消は大事だ。


 そして俺はと言うと、だいぶ前に長崎に使いをだしてやっと取り寄せた西洋野菜の一部を使ってこの日のためにとウスターソースを作り上げていた。


 まあ、熟成してないからとろみのないウスターソースもどきの西洋醤油だけどな。


 なので、溶いた小麦粉に刻んだネギや烏賊をいれて鉄板で焼いた、いわゆるお好み焼きとソース焼ソバを作っていたりする。


 その他にも猪と玉ねぎの串かつやジャガイモやサツマイモのコロッケ、白身魚のフライ、うずら卵のフライなどの揚げ物も作っている。


「それにしてもこのそーすやきそばはなかなかくせになる味よな」


 いつも通り笑顔な水戸の若様はソース焼きそばに満足なようだ。


 何故か外で食べるお好み焼きとかソース焼きそばってめちゃうまいよな。


「うむ、このお好み焼きとやらは誠にうまいぞ」


 紀伊の殿様もお好み焼きを食べてほくほく顔だ。


「この串かつもなかなかよいぞ」


 尾張の殿様はたっぷりソースの串かつが気に入ったようだ。


「うむ、ジャガイモをあげるとなかなかにうまいものになるものだな」


 会津藩主の保科正之はコロッケがお気にいりのようだ。


「魚の揚げ物とそーすとやらがこれほどあうとはな」


 伊達の殿様は白身魚のフライが気に入ったようだ。


「うずらの卵をあげるとこのようにうまくなるのか」


 綱吉公もうずら卵のフライがすっかりお気に召したようだ。


「ええ、皆様に気に入っていただけた何よりです」


 なんとかウスターソースの作成が間に合ってよかったぜ。


 マヨネーズとトマトケチャップとウスターソースは割りと万能だからな。


 目玉焼きに何をかけるかで論争になるくらいだ。


 目玉焼きにマヨネーズはないと思ってるやつは騙されたと思って一度かけて食ってみたほうがいいぜ。


 絶対うまいから。


 後、揚げ物の廃油は火口の火種を大きくするためのおがくずに染み込ませる油にしてる。


 大量に余ったら石鹸にも出来るしな。

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