浅草の養生院は名医の集まる場所になりつつあるぞ
さて、俺の公儀支援がある養生院にて外科医兼内科医として向井元升を雇うと決まったわけだが、彼の名声は俺が思っているより遥かにすごかった。
彼は昨年まで長崎の出島でポルトガル人から直接西洋の医術を習っており、ちょうど報告のために江戸に戻ってきていた所だったらしい。
向井元升は更にこんなことをいっていた。
「何か夢にて天女のような女人がここへ向かうように言っていたのもありましてな。
これこそ神のお告げというものだっかもしれませぬ」
俺はそれを聞いて思わず焦った。
「あ、ああそうかもな」
これも吉原弁財天の介入だろうか?
もしかして向井元升も転生した人間だったりするのか?
いや、さすがに考えすぎか?
しかし、この時代で積極的にポルトガル人から西洋の外科手術を習うとかそうそう居ないよな……。
彼は医学・本草学(薬草学)・天文学・暦学・儒学などの高名な学者でもあり、有能な外科医かつ内科医でもあり、出島の蘭館医「アンスヨレアン」と接触し、西洋外科術を身に着けている人物でもあり、漢方薬に通じている人物でもあり、先祖は藤原氏で家系図も残る立派な豪族でもある。
いや、あんた一体どこのチート主人公だよと思わざるをえないよな。
向井元升とその弟子や一家は泥町に先にできていた長屋に住んでおり、病人から声がかかれば其れに応じて往診をしていた。
大名屋敷などからも呼ばれているくらいだからよほどの名医なんだな。
そしてその話を聞いて彼の私塾であった向井社学輔仁堂の門弟が次々にやってくることになった。
そして今俺が応対している男のその一人だ。
「私は貝原益軒(かいばらえきけん)と言いますが向井先生はおられますか?」
「ああ、いるがいまは往診に出てるぜ」
「そうですか、では待たせていただいても?」
「ああ、別にかまわないぜ」
やがて、向井元升が戻ってくると貝原益軒は嬉しそうに向井元升と話をしていた。
貝原益軒ってたしか養生訓って言う医学書を書いたやつだっけ?
まあそんな感じの向井元升を師と慕う元門弟とか弟子入りしたいとやってきた町医者なんかががわんさと集まってきたわけだ。
「いや、なんかもうどこのゴッドハンドの集まりだって感じになりつつあるな。
まあいいことではあるけど」
この養生院の医師は正式に幕府や諸藩に仕えているわけではないからなにもない時にもずっと給金を払う必要はなく、しかもいざとなったら浅草に名医が何人もいるとなれば江戸城や藩邸まで呼び寄せるのも楽だしな。
ちなみに向井元升たちが万国食堂や美人楼で売ってるあげまんや吉原の中で店を構えてる蕎麦屋がかっけこと江戸患い対策だと言ったら驚いていたな、そして向井元升が感心したように言う。
「それにしても江戸患い対策の食い物を安価で売り出すとは楼主殿は凄いですな」
それに対して俺は苦笑するしかなかった、なんせずるなんだから。
「いや、別に全然すごくないぜ。
俺に教えてくれたのは吉原弁財天様だし、江戸患いが京の洛中の貴族や江戸の武家だけがなるには
理由があるってわかれば誰かが発見したんじゃないか、玄米の胚芽や糠や蕎麦を食えば江戸患いにならないってこと」
それを謙遜と取ったのか感心したように言う向井元升。
「しかし、西洋の医者でも江戸患いについては知りませんでしたからなぁ。
まあ、西洋では米は食わないようですが。
それにあのぺにしりんとやらも凄いですな。
肺炎や楊梅瘡を直せるとは」
「ああ、まあ今のところそこまで効果は高くはないがな」
なにせペニシリンの量も不十分で注射器や注射針もないしな。
「そういえば、病人が来た時に待ってる時間があればその間に具体的に症状や傷む場所、いつからそうなのかかいてもらう書類が有ったほうが楽か?」
向井元升はちょっと考えて頷いた。
「そうですな、ある程度かけるならそのほうがいいと思います」
俺も頷く。
「わかった、ちょっと考えておくな」
21世紀現代の病院や接骨院とかだとどこでも普通に初診だと問診票を書くしな。
そういうのがあれば医者の側が患者に具体的な症状などを聞くのも楽になるかもしれん。
強いて言うなら、これ以上今の書作成類を増やすのは大変だってことだが。
まあ、俺の21世紀の知識に向井元升や貝原益軒何かの知識や技術が加われば、医療レベルがぐっと上がりそうな気もするな。
それで、ここの養生院で医療技術を学んだものが、地方の藩などにもつとめられるようになればよりよいだろうな。
まあ、その前に一般的には偏り過ぎな食いもんを改善するべきなんだろうけど。
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