上棟式の餅まきと三浦屋・山崎屋の宗旨変え

 さて、新築している切見世の基礎固めも終わり、柱、梁、桁、力板などの骨組みが完成したあと棟木が棟に上げられることになった


 ここで行われる上棟式は無事に柱が組み上がって棟が上がったことを喜び、施主が施工してくれたものなどに感謝するものだ。


 施主が職人や周りの住人に酒や餅などを振る舞って慰労し、工事に関わった人間をあつめて、今後の工事の安全を祈願するものでもあるし、今後は大工、鳶、左官が一緒に家を造る上でお互いの協力関係を深めさせる為のものでもある。


 式はまずは修祓(しゅばつ)からで、一番高い棟木(むねぎ)の設置が完了したら上棟式の参列者やお供え物を祓い清める儀式を行い、祭壇に立てた神籬(ひもろぎ)台に、その土地神を迎え、その神に感謝し、供え物を神前に供え、建物を建てることを神に告げ、今後の工事の安全を祈る旨の祝詞を奏上する。


 それから大勢で最も高い所への棟木を綱をかけて曳き上げ、上棟を行い曳き上げた棟木を棟に打ち付ける。


 大工がそういった作業をしているうちにこっちは散餅銭の儀の準備だ。


 杵と臼を用意しお湯で洗いながらそれらを温め、洗って水に浸けていたもち米の玄米やもち黍、もち粟、荏胡麻、地豆などを混ぜ込んでざるに上げて、よく水切りした後、蒸籠に水につけて軽く絞ったきれいな手拭いを敷いて、餅の材料となる穀物を敷き詰めて蒸す。


 普通の白米の餅は見栄えがいいが栄養的には良くないので雑穀餅にする。


 こうすればただの餅よりずっと栄養も良くなるしな。


 臼の中にお湯を張り杵の方もお湯に浸けておく。


 穀物が蒸しあがったら、それを臼の中へいれて力を込めて杵で潰して小突く。


「よっ!」

「ほい!」

「よっ!」

「ほい!」

「よっ!」

「ほい!」

「よっ!」

「ほい!」


 杵を振り上げて餅をつくものとつかれて広がった餅を濡れ手で丸めるものがリズムよく餅をついていく。


 餅がつきあがったら、近くの紙を敷いてその上に餅とり粉をまいた板の上にそれをおろし、餅をちぎって丸めていく。


 半分ほどは食紅を混ぜて紅白餅にして”祝”と書かれた白い餅と赤い餅を一つずつ和紙に包み込む。


 一緒に巻く赤い紐を通した1文銭や金つば、大福などの菓子も用意する。


 散餅銭の儀が始まる頃になると、袋を持った遊女や禿がどこからともなくわらわらと集まってきた。


 禿たちと遊女たちは場所を分けてやる、禿が一番前で新造は其の後ろ、現役遊女たちは更に其の後ろだ。


 禿や新造が取れないとかわいそうだからな。


 そして戦いは始まった。


「そーれ」


「いくぞー」


 ”わーーーーーーーーーーー!”

 ”うおーーーーーーーーーー!”


 家の上から次々にまかれる餅、銭、菓子に我先にと殺到する遊女たち。


 地面に落ちたものを拾うために右往左往する禿達。


 ものが投げられるたびに”ワッ”と船幽霊やバイオハザードのゾンビのごとく一斉に伸ばされる腕。


 禿達は地面に落ちた餅や銭を一生懸命小さな手で拾い上げ、後ろの遊女は高いところからものすごいスピードで投げ落とされる餅や銭が顔面に直撃してもそれを必死に取っている。


「うん、みんな必死すぎだろ」


 まあ気持ちはわからないでもないが。


 餅まきというのはなぜか気分と戦闘意欲を高揚させる恐ろしいものなのだ。


 餅がたくさんとれたものはほくほく顔で帰っていく。


 持って帰って煮て食べるのだろう。


 この餅は「焼く」とたてた家が火事になると言われてるらしい。


 煮たら家が煮られるとかは無いので煮て食べるのは大丈夫なようだが。


 しかし、あんまりもしくは全く取れなかったものも居る。


 なのでそういったものたちはまだ残っている。


 その後、神籬台に降りていた神様をもとの御座所に送り、お神酒で乾杯し、アワビや鯛などのお供え物の御下がりなどに加えてまかなかった餅を小豆を入れたしるこや味噌に野菜やアワビや鯛を入れた雑煮などを振る舞う。


「んー、おいしー」


「はあ、むしろ残っててよかったですわ」


 まあ、残ってた連中も満足したんじゃないかな?


 建物ができるのはまだ当分先だがまあ、ご近所さんなどにもいい挨拶になっただろう。


 そんな所へ三浦屋がやってきた。


「よう、三河屋、お前さんの所は景気が良さそうだな」


「まあな、そっちはどうなんだ?」


 三浦屋は苦笑していった。


「最近はあんまよくねえな。

 俺から断っておいてなんだが昼見世をやめる代わりに絵を置かせてくれるって話。

 俺のところも参加させちゃくれねえか?」


 俺は笑っていった。


「勿論大歓迎だ、そのかわり絵はお前さんの所で描いてくれよ。

 しかし、いきなりの趣旨がえは一体お前さん何が有った」


 三浦屋が頷いた。


「門外のお前さんの店の絵が偉い宣伝効果があるようでな。

 はっきりいえば予想外の事態だったぜ」


 なるほどな、様子を見ていたが予想以上に門外店での姿絵などの宣伝は効果があると見て態度を変えたか、なかなか目ざといな。


「ま、お前さんのところの高尾なんかの絵が加われば、俺の店で絵を買ってくやつも増えるだろうし

 俺にもお前さんにも損はないと思うぜ」


 三浦屋がニヤリと笑った。


「ふ、そうだな、これからもよろしく頼むぜ」


 俺も笑い返す。


「ああ、こちらこそ」


 三浦屋が加わったことで三河屋、西田屋、玉屋、三浦屋と大見世の過半数の絵が並ぶと勝山太夫を抱える山崎屋も加わった。


 これ等の見世の劇の出し物も徐々に良くなっていくことになる。


 しかし、残りの2つはまだ協力するつもりはないらしい。


「こいつらは稲荷にでも取り憑かれてるのかね……」


 どうやらなかなか一筋縄では行かなそうだな。

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