吉原に弁天池を作って弁天様を祀るぜ

 さて、隅田川水神祭の方は無事終わった。


 水戸の若様たちのようななじみ客も遊女たちもみんな花火などを楽しんで気分転換も出来たろう。


 それにこれで明暦の大火で死んだものの魂が浮かばれると良いのだがな。


「さてさて、十分祭りも楽しんだし仕事に戻るとしますかね」


 祭りが終われば早速仕事に戻らなければならない。


 まず俺が手を付けたのが神主に頼んで吉原の悪い意味での結界になっているであろう稲荷社の合祀及び場所の移転だ。


「多分将軍付きの坊主がやってるんだよなこれ。

 どう考えても吉原の中にはいい影響はないんだが」


 吉原の入口である大門の手前にある玄徳稲荷社(よしとくいなりしゃ)へ、廓内の四隅の榎本稲荷社(えのもといなりしゃ)、明石稲荷社(あかしいなりしゃ)、開運稲荷社(かいうんいなりしゃ)、九郎助稲荷社(くろすけいなりしゃ)の四稲荷社をまとめて合祀し、それを吉原稲荷神社として水道尻の南西の裏鬼門に移動させることにした。


 稲荷は元々インドの屍肉を食らう女神で性愛を司るダキニ女神でもあるので、吉原が色街としての性格を強めたのは其のせいもあるように思うのだよな。


 だからといって真言密教立川流みたいなのがはびこっていたというわけではないと思うが。


「まあしかし、普通区画の北東の鬼門側にだけに入り口を作って、しかも、入り口と区画の四方に稲荷社を作るってありえないよな。

 どう考えても悪い気がたまる一方になるとしか思えん」


 実際京都の嶋原や大阪の新町は東西に門はあるが、北東に門はない。


 当たり前だ、建物の北東に玄関やトイレを作るなんて普通はしない。


 そして本来なら京の嶋原や大阪の新町のように東側の大門の反対側にも西の門を作って出入が出来るようにしたいところなのだが、さすがに今はそこまで出来ない。


 吉原の西側は完全に田圃だからな。


 なので今できることとして俺は玄徳稲荷社が有った場所に弁天池を造り蓮の花を植えてそこに仏霊弁財天を祀ることにする。


 蓮根はいざという時には食い物にもなるしな。


 弁財天は元々はインドのサラスヴァティー女神で水と豊穣の女神でもあり弁舌の才能による知識と学問と技芸と商売の神様でもあり、美の女神でもある女性の守護者だ。


 弁天様の祠が出来たら俺の見てる三河屋、西田屋、切見世、美人楼などの遊女などを連れて、そこへお参りに行くことにした。


 そして皆で祠の前で手を合わせて弁天様への祈りを捧げる。


「弁天様、どうか、吉原がこれからも芸事の街として太夫が其の地位を維持できますようお守りください」


 吉原から太夫が居なくなったのはそれだけ大きな意味が有ったと思う。


 遊女たちもそれぞれ祈りを捧げている。


「どうかわっちの芸事がもっともっと上達しますように」


 そう真剣に祈る桃香。


 俺は桃香の頭をなでてやった。


 えへへと笑う桃香。


 なんだかんだで桃香は頑張ってるから願いが叶うといいな。


「どうか、これからも見世の運営と私の実家の材木問屋の商売がうまく行きますように」


 妙も真剣に祈ってる。


 実家の材木問屋が潰れそうになったことも有って、やっぱ経営危機は怖いんだろう。


 俺も怖いがな。


 江戸時代の新吉原は幕末まで周りは田圃だったので弁天池が出来たのは明治以降に吉原の周りも住宅街になっていって、田圃が埋め立てられた時に吉原公園ができたときからだ。


 大正12年9月1日、関東大震災のときは吉原公園の弁天池で500人近い遊女が溺死している。


 吉原は塀があり大門が有ったので遊女は逃げられなかったという説明も多いがそうじゃない。


 関東大震災の時は浅草全体が燃えていた、だから吉原公園は吉原の遊郭の近くで唯一開けた場所だったからみんなそこに逃げたんだ。


 しかし、運の悪いことに大正の関東大震災の前夜は金曜日で新吉原であそぶ客が驚くほど多く、発生した時間は遊女がようやく目覚めて起床するような時間だ。


 震災の時は吉原の中でも倒壊する遊郭の建物が続出したがこの時代はまだ調理が薪や炭のかまどや七輪だ、そんなもんだからすぐ火災が起こった。


 瓦礫の下からなんとか生きて這い出した遊女たちは、たちまち燃え上がる建物から必死に逃げて、唯一避難できる広さがある吉原公園に走ってにげた。


 しかし、木造の住宅が密集するこの時代周囲の家もすぐさま焼け始めた。


 しかも園内に持ち込まれた家具に火がつくと、遊女たちの髪油の塗られた頭髪にも火がつき、まさしく吉原公園は火炎地獄となった。


 この時代の弁天池は200坪ほどの広さがあり泥も深くさらに中央部は4m近い深さがあった。


 そんな状況で必死になってみんな池に飛び込むわけだが、岸辺の浅い場所に居たものはどんどん深い場所へ押され、溺れかけた遊女が別の遊女にしがみつき……でこの池で490名が命を落とした。


 なので本来江戸時代には弁天池はないのだが、21世紀現代では吉原弁財天は女性の守り神として一部では有名なんだ。


 そして吉原の区画の北西には大黒さん、南東にはお地蔵さんも祀る。


 大黒さんは商売繁盛の神様で台所の神様でもあるがダキニ天を調伏した神様でもあるからな。


 お地蔵さんは子供を守ってくれるようにってやつだ。


 これで風水的には多分大分ましになるんじゃないのかな。


 なんだかんだでこういうのも商売をやる上では大事だぜ。


 そしてその夜のことだ。


 俺が自室で寝ていた所にふっと誰かがやってきた。


「ん、誰だ?」


 しかし、来たのは妙でも桃香でも母さんでもなかった。


 それはこの世のものとは思えないほど美しい女。


 しかし、其の姿は半透明で向こうが透けて見えた。


「久しぶり、というべきでしょうか。

 あなたは覚えていないかもしれませんがあなたをここに呼び寄せたのは私です」


 なんとなく思い出したぞ。


 俺が過労死した時に俺に呼びかけてきた声の持ち主だな。


「そう言われてみればなんとなく聞き覚えのある声だな」


 美女がコクリと頷く。


「はい私は吉原に祀られていた弁財天。

 吉原の遊女の悲痛な叫びを受け続けた者です。

 ですが今未来はかわりつつあります。

 あなたの遊女への愛惜の思いがこの街を良い方向へみちびいています。

 どうかこれからも遊女たちに良き未来をもたらせるよう頑張ってください」


 俺は笑っていった。


「ああ、俺自身の精神衛生のためにもそうさせてもらうぜ。

 あんたが与えてくれただろうこの時代と現代の両方の知識の記憶が役立ってるから感謝してるぜ」


 俺がそう言うと弁天様はすっと姿を消した。


 本来かなりあやふやだった現代知識がなんだかんだでわかったり、思い出せるのはこの女神様のおかげらしいな。


 まあ、遊女の生活を改善する上で俺にとってはとてもありがたい事だ。


 別に神様に頼まれたからやったわけではないけどな、俺は俺の過去の風俗店員だった時にも思っていたこういう店で働く遊女だ売春婦だなんだと蔑まれる彼女たちをなんとかしたかっただけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る