惣名主ってのは大変なんだな、主に書類仕事的な意味で

 さて、俺は暴れていた旗本奴と関わっていたという西田屋が剥奪された吉原惣名主を引き継ぐことになった。


 惣名主というのは惣代名主(そうだいみょうしゅ)が正式名称らしいが要は吉原の責任者の大代表で、その役割はかなり多い。


 大雑把に言えば担当する地区の区役所長兼法務署長件警察署長兼消防署長兼税務署長兼地方家庭裁判所長みたいなものだ。


 江戸と言う街は奉行所の同心のような警察官は多くなく、お白州裁きというのもじつはあまり多くはなかった。


 どちらかと言うと基本的には住民の自治によって治安維持を行っていた面が大きい。


 だからこそ生類憐れみの令は画期的だったわけであるのだが。


 現代では想像もつかないが、江戸は八百八町というほど多くの町単位に細かく分割されていて、夜間などは町と町のあいだは往来できないように木戸があった。


 武家町などは門限が暮れ六つ(おおよそ18時)と非常に早いが、町人町でも放火や盗賊を警戒して夜四つ(午後10時)になると、戸が閉められて出入りができなくなった。


 これは吉原でも同じなので、格子を張って見世ができるのもここまでなわけだ。


 木戸のそばでは当然だが木戸番が見張ってて、不審な人物が木戸を抜けられないようにしていた。


 まあ、多少は賄賂で見逃される場合もあるが其れで何か事件や放火が有った場合木戸番が処罰されるのは言うまでもない。


 また長屋単位にも木戸があるのでやはり夜四つ(午後10時)から明け六つ(午前6時)までは木戸は開かなかったので、その時間の出入りはできなかった。


 とは言えこの時代の蝋燭は高価なので、長屋に住むような人間は遅くまで起きてはおらず、日が昇ったら起きて、日が沈んだら寝るのが普通だったけどな。


 夜鳴きそば屋のような夜の屋台も当然例外ではなくどんなに遅くても、夜四つに家に帰りつけるようにしていた。


 話が戻るが江戸時代の江戸などの城下町は、町単位で自治を行う。


 これは農村でも同じで農村の場合、西日本では庄屋、東日本では名主と呼ばれているようだ。


 農村だと農民の戸籍管理、年貢の納付、争いごとの調停などを行うが、吉原における惣名主も同じようなことを行う……はずだ、本来は防犯や消火などは四郎兵衛会所が行っていたようだが。


 で実際業務としては奉行からのお触れの下への通達、必要なことの奉行所への願届、冥加金などの税金の見世からの徴税と奉行への納付、今まではやっていなかったが人別帳の作成と管理、担当地区の防犯、自治、警備、消火、消防、見世同士の争いごとの調停、祭りや接待の人員の選別などを取り仕切っているのが惣名主だ。


 無論、税金については中抜きによって私腹を肥やすやつもいる。


 裁判を公正に行わないやつもいる、そういったことが行われないようにその下につけられたのが副長である組頭と監察官である見世頭だな。


 重要なことは三名の合議でまず決め、更に大見世の合議で最終的には決めることになる。


 組頭は業務の補佐を行い見世頭は見世の代表として集められた冥加金が横領されていないかなどを確認しつつ、業務の補佐にも当たる。


 だから俺の権限がかなり大きくなったのは確かだが、それによって好き勝手に独裁政治のようなことが出来るわけではないのである。


 しかし、吉原全体を良くするための足場が固まったのは事実だ。


 こういった名主職は原則として世襲なので、俺の跡取りがちゃんと路線を引き継で行くようにしないと駄目だがな。


 それによって俺たちは自分が所持してる見世の運営以外にやることが馬鹿みたいに増えた。


 俺は西田屋の遊女の待遇改善もしないといけないんだがな。


 吉原の場合はあまりないが奉行から何らかの御触が有った場合は各見世に伝えないといけないし、土地や建物、株の権利の売買や吉原の中の店の起業や廃業の確認や楼主の仲間名簿の作成や保管に取りまとめもしないといけない。


 人別帳を作成して其れに不正がないか確認もしないといけないし、見世間の紛争があれば調査や調停も行わないといけない。


 夜間の防犯や火の元の見回りや犯罪が起きたらそいつを取り締りもしないといけない。


「んがー忙しい、西田屋はよくやってたな」


 三浦屋が苦笑いしていった。


「まあ、たしかにな。

 しかし2代目の西田屋が自分でやってたのは金集めと談合ぐらいだったからなあ。

 やたらと雑務が増えたのは俺も同感だぜ」


 そういうことか、あれもこれもやらなくていいというのは庄司甚之丞や他の大見世の楼主にとっては渡りに船だったのかもな。


 まあ、このくらいで音を上げてちゃ、吉原の未来を良くする事も出来ないし頑張るとするかね。


 ちなみに、俺が吉原惣名主になったことで俺の嫁になれば毎日うまいものが食えて綺麗になれてしかも金持ちになれるというガセの噂が広まって、江戸の商人の娘を中心に母さんのところには縁談話が大量に入ってきてるらしいし母さんも乗り気らしい。


 しかし、今のところ結婚相手より有能な秘書がほしいのが実情なんだがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る