値上げの影響・誰哉行灯の設置
さて翌朝のことだ。
とりあえず値上げすることを俺の見世の細見に記して、引手茶屋に向かう。
「おう、邪魔するぜ。
今日から大見世は値上げになったことは聞いてるか」
俺は茶屋の主人に聞いた。
「へえ、一応聞いてますが客にはこちらからは言わないでいいと西田屋さんからは言われてます」
俺はその言葉に眉をひそめた。
「おいおい、こっちで話しておかないと揉めるだろう」
茶屋の主人は困り顔だな。
「そう言われましてもねぇ」
まあ、茶屋の主人としても困ってるんだろうな。
「まあ、いい、うちの細見はこっちに差し直してくれ。
そのうち大見世全部の情報が掲載されたやつも持ってくるがそいつは客に持って帰らせてもいい代わりに有料になるけどな」
細見には揚げ代が太夫が一両一分、格子太夫が一両になる代わりに、一分分の台のものを無料で提供し、格子に関しては三分になる代わりやり手への心付けを不要と記した。
結果としては価格は据え置き相当でやるつもりだ。
「ちなみにその場合の客の細見の買取価格はおいくらで?」
「今んところ、見開きで各見世の太夫の絵がついて一冊300文(おおよそ6000円)の予定だ」
「それなら安いですな」
まあ、この時代有名な本一冊が銀25匁(おおよそ5万円)平家物語妙なんかは3両(おおよそ30万)とかだからなこの時代はまだ製本技術がないから高いんだが。
それから、引き受けた切見世へ出かける。
切見世の女たちと昼間に働ける場所を話し会うのだ。
まずは天然痘で顔のアバタのひどい女だが、こいつはもともと大見世で引き込み禿になり、将来は太夫と目されていたそうだ、だが天然痘にかかってしまい全身ひどいアバタができて、結局ここへ売られることになった、だから教養や芸事については全く問題がない。
「お前さんには人形芝居をやってもらおうと思う。
雅楽や能楽もできるんなら人形芝居も十分できるだろう」
女は頷く。
「はい、大丈夫だと思います」
俺は気楽そうに言う。
「なに、顔は黒子のように隠せばいい、もしもお前さんの演目が気にいってお前さんと寝たいって奴がいれば、客にしても構わんぞ。
そんときは黒子のままでやればいい」
「あい、ありがとうござんす」
同じように芸事の心得のあるやつは昼見世の時間に人形芝居や紙芝居をやらせることにする。
罪を犯して非人に落とされて芸事ができないがそれなりに見目がいいやつは美人楼であんまをやらせる。
ただし料金は48文と大見世の連中の半分だが。
「ああ、それでも十分さ。
二人やればこっちの一切れの料金と同じだろ」
見た目はいまいちだが料理ができるやつはもふもふ茶屋や万国食堂で厨房を手伝ってもらえばいい。
どうせ昼間が暇なのは切見世でもあまり変わらんから、可能な限り昼の間は男では無く、女相手の商売である程度稼いでもらう、容姿や年齢関係なく昼間にある程度稼げれば、夜もむちゃしないで済むだろう。
ある程度見通しが立ったら長屋も、もう少しましな感じに建て直すつもりだ。
外見だけでなく、中二階、21世紀の現代で言うロフトみたいな構造にしたいものだな。
江戸時代では女の働ける場所は非常に少なく、縫い子や呉服の仕立て、住み込みの女中や下女、遊女や芸者、女の髪結い、料理屋の中居、三味線などの音曲の師匠ぐらいしか無い。
しかし、今現在の吉原の遊女は太夫が3人、格子太夫が20人、格子が50人、局が350人、散茶が650人、切見世女郎は1000人もいる。
切見世女郎でも10人くらいならまだ何とかなるが人数が多すぎるよな。
なんとか年季が明けた遊女に仕事を与えられる方法があればいいのだが、今は自分のできる範囲でやるしか無いな。
「やっぱ、遊廓連座の中でも手を組めるやつを見つけなきゃならんだろうな」
西田屋以外の大見世がどのくらい同調してるかはわからんが、玉屋は西田屋をあんまり良く思ってないんじゃなかろうか、そのあたりから味方に引き込んでいけないかね。
2店舗こっち側についてくれる見世が見つかれば、三井高利がやったように幕臣の推薦によって幕府御用達とかになれるかもしれない。
幕府御用達店への攻撃は幕府に対する攻撃にもなるからな。
昼見世の時間が終わったら、劇場に行って、今日から大見世で持ち回りで劇をやること、今日の店の名前を示した紙を劇場の入口に貼る。
「まあ、こうしておけば、どの見世の劇がどんなものかすぐわかるだろ」
そのあたりもちゃんと言ってやっておいたんだが、理解できてるかね……。
現代の風俗やキャバクラだってブログや写メ日記は集客の有効なツールだが内容次第では逆効果な場合もある。
けど、とにかく集客のために数をかけみたいになって中身のないブログや写メ日記のなんと多いことか。
さて値上げした初日、うちの見世では特にトラブルは起こらずに済んだ。
しかし、他所でトラブルが起こってしまい、今朝は吉原が騒然としていた。
その理由は昨夜の夜四ツ過ぎ(午後10時ごろ)、揚屋から帰る途中だった西田屋抱えの遊女、誰哉(たそや)が何者かに斬り殺されたことだ。
夜中に揚屋で客と寝ないで置屋に帰ろうとしてるってのがちょっと問題だと思うんだがな。
誰哉は上方京下りの名妓とされているが「誰哉(たそや)」とは古語で「どなた」「だれなんや」の意味で名のない遊女扱いだ。
だが揚屋に行ってるくらいだからそれなり格の高い遊女なはずなんだがわけがわからんよな。
今のところ誰哉を斬り殺した犯人はわからずその目的も不明とされているが、おそらく振られた客の腹いせじゃねえのかな?
遊女に貢いでもすげなくあしらわれた男により刃傷沙汰になるのは珍しくないが、新吉原へ移転して初の死亡者のはずだ。
そして、この事件をきっかけに、大門が締まり夜見世が終わる亥の刻(22時)以降は真っ暗になっていた各通りの中央に防犯のために一定間隔で行燈が設置されることになり、この行灯は殺された遊女の名にちなんで、誰哉行燈(たそやあんどん)と呼ばれるようになったんだ。
こういうトラブルで育て上げた遊女を殺されたり怪我させられたりするのも見世にとって損失だと思うんだが……。
西田屋はどこからか新しく格子を買い入れるのか?
鈴蘭もちょっと違っていたら西田屋に売られていたかもな。
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