鈴蘭への改名と切見世と言う地獄
さて、とりあえずお鈴を俺の楼に連れて帰る途中だ。
「お前さん、うちの店の流儀に合わせて源氏名を変えたいんだがいいかい?」
「……はい」
うん、あんまり嬉しそうじゃないな。
名前を変えるというのが売られたという事実をさらに突きつけちまったかな。
「お前さんの名前は鈴蘭にするぜ。
うちの見世は花の名前で統一してるんでな」
「……はい」
うーむ、売られたのがショックなのか、お鈴あらため鈴蘭は目が死んだままだな。
楼についたおれは鈴蘭を連れて広間に遊女たちを集めた。
「お前たち、玉屋から来た鈴蘭だ。
明日から一緒に格子として働くんで仲良くしてやってくれ。
それから夜見世前の脱衣芝居だがこれからは七曜で一回になるぜ。
多分暫くの間だとは思うけどな」
ちなみに七曜とは土星・太陽・月・火星・水星・木星・金星のこと。
土用丑っていうだろ、現代の曜日みたいなもんだな。
現在劇でメインを張ってる楓がホッとしたような残念なような声と表情でいった。
「了解でありんす」
で、俺は鈴蘭に挨拶をさせる。
「玉屋のお鈴あらため、三河屋鈴蘭でありんす。
どうか皆さんよしなに」
見世の住替えなんてめったにないんで、他の連中も戸惑っているようだな。
「まあ、いい、少しずつなじんでいってくれ。
とりあえず飯にしようぜ」
「はーい」
うん、こういうところではみんな仲がいいな。
今は夜見世前の夕飯でみんな軽く茶漬けをよそってる。
そんなか俺は鈴蘭に膳を持ってきてやる。
他の連中と同じだと軽すぎるから、新米の白米、ひきわり納豆とわかめの味噌汁、マグロのツナやポテトサラダ、大根の糠漬けも持ってきてやった。
「とりあえず飯食って元気だしてくれ。
後、今日は早めに寝ていいぞ」
鈴蘭は目の前に置かれた前に目を丸くしている。
「あの、これ楼主様の食べるものじゃありんせんの?」
俺は笑って否定する。
「いやいや、間違いなくお前さんのだよ。
遠慮しないで食ってもうちょっと肉をつけな。
女の体ってのは骨ばってるんじゃなくて触ったら柔らかく在るべきだぜ」
「あ、はい、ありがどうござびまず」
そう泣きながら言って食べ始める鈴蘭。
「うちじゃこれが普通だ、何も泣くことはないと思うぞ」
鈴蘭は感極まったように言う。
「わ、わだじ、最近は茶引きばかりで……ろくに食べることできなかったから……ずごく、おいじいでず」
「おう、いっぱい食っていっぱい寝ろ。
で、頑張って客をよろこばせてやれ。
そうすりゃきっと客も戻ってくる。
寝不足のはらぺこじゃ、客なんて満足させられねえよな」
「あい、ほんどうにありがどうございまず」
鈴蘭は一口一口噛みしめるように、うまそうに食ってる。
まあ、これで少しは心もほぐれんだろ。
鈴蘭を自室になる部屋に案内して、後はやり手に任せる。
そして俺は、西田屋から管理を請け負った切見世に向かうことにした。
吉原は中央に近い場所高級店である大見世があり、切見世は仲通りから一番離れ東西の端にある、お歯黒ドブのすぐ近くにある。
大見世、中見世、小見世はすべて格子があってそこで遊女は待機して客を引くが、切見世には格子はない、なので外にたって客引きを行う。
切見世は、お歯黒ドブの直ぐ側なので別名河岸見世や他の見世は取引には金を使うが、切見せでは銅銭の銭を使うので銭見世などとも言われる。
「ここか」
早速わさわさとよってくる女郎。
俺の店と違い皆ごく普通の町人が着るような擦り切れた地味な服だ。
そのうち一人が俺の袖を掴んでいった。
「旦那、よければわっちと遊んでいってくれないか?」
「おう、済まねえがそれはできねえんだ、今日からここの店の
抱主になったんでな」
「へ、そうだったんか」
俺の言葉を聞いてがっくりとしている遊女。
そして皆少し後さずっている、まあ、抱主なんてろくでもないやつばかりだからな。
集まった遊女は明らかに年季の27歳を過ぎていたり、顔が天然痘のアバタだらけだったり、大見世で脱走を企てて折檻を受けてびっこを引いていたり、中小の遊女屋に勤めていたのが年季前に客に売れなくなってこっちに売られたり、その他にも摘発された夜鷹や、罪を犯して非人身分に落とされた年増女など小店で働けない遊女ばかりだ。
現代で言うなら30分4000円の超激安デリヘルやピンサロみたいな感じだな。
まあ、超激安デリやピンサロでもたまに若くて可愛い風俗嬢もいたりするが。
切見世は今で言うなら広めの漫画喫茶もしくはカラオケの個室が並んだような長屋形式の見世で、大見世と違い、線香一本が燃え尽きる切と言う単位で金を取る。
切見世の相場は一切(ひときり)で30分が銭100文を最低の相場としたが、なんだかんだで客をいつかせて、3倍程度の料金を取るようにしていることが多い。
部屋の大きさは間口6尺(180センチ)奥行2.5間(おおよそ5メートル)で、手前の玄関と炊事場兼任の土間が2畳程度、座敷が畳で4畳くらいの狭い部屋が5個から10個続いているというものだ。
この時代に一般的な裏長屋と同じ造りだな。
それぞれが個人の店舗という扱いで切見世のオーナーの抱主は連なった長屋そのものを管理している。
個室型ヘルスに住み込みで働かせてるとか、小さな漫画喫茶を作ってそこで売春させているようなものかね。
切見世の抱主と遊女の取り分は5:5の半々だが、大見世などと違い、長屋の家賃、食費、薪代、炭代、衣服代、化粧代、風呂代などは全て自腹だ。
もちろん内湯はないから湯屋に行くわけだが。
「ああ、とりあえず名乗っておこう。
俺は三河屋の戒斗。
これからはここの抱主にもなるんでよろしく頼むぜ」
遊女たちが顔を見合わせてる。
見るとやせ細ってる連中が多いな。
「お前さん達でここの長屋の遊女は全員か?」
俺の袖を引っ張った遊女が答える。
「ああ、そうさね」
「んじゃ、今日は皆で飯をくおうじゃねえか。
腹が減っては戦はできぬってな」
「ほんまにいいんかい?」
「ああ、いいぜ」
「やったー」
「さすがお大尽」
「いや、別にお大尽じゃねえけどな」
取り合えず飯を一緒に食って話をするとしようか。
今なら安い鰻や納豆を食わせれば脚気などの病気も解消できるかもしれん。
場合によっちゃ、昼見世の時間帯にやってる芝居の演奏や美人楼の施術に使えるやつも居るかもしれないしな、無理やり体を売らせるだけが金を稼ぐ方法じゃねえと思うんだ。
まあ、体を売ったほうがいいと思うやつはそれもありだが。
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