腐った蜜柑を捨てるだって?勿体無い、ぜひ使わせてもらうぜ。

 さて、俺はもふもふ茶屋と併設して万国食堂を開くことにした。

要するにジャガイモやかぼちゃ、玉ねぎなどごく最近入ってきたばかりであまり馴染みのない野菜などを使った、西洋料理や中国料理などを節操なく出す店だな。


 じゃがいもの栽培を広めるために、まずは肥売りを通じてジャガイモを畑で栽培してもらい、それを俺が引き取り、ジャガイモ料理を吉原で食べてもらいその美味しさを広めるためのものだ。

ジャガイモは自家菜園でも作っているが、少しずつでも農家にも広めておきたいからな。

それに今の時代だと寒いからまだじゃがいもを植えるのに間に合う、あまり暖かくなってからでは遅い。


「じゃあ、よろしく頼むぜ」


「へえ、こちらこそよろしくたのんます」


 取り敢えずジャガイモが穫れるのは夏くらいだろうから、それまでは水戸の若様を仲介して買い付けるしか無い。

米に比べると美味くないと、江戸時代には普及の進まなかったジャガイモだが料理次第ではうまく食べられることを知ってもらって、栽培をぜひ増やしてほしいと思う。

薩摩芋が手に入ったらそっちもなんだがな。


 そんなことをしていたら、他所の見世で暖かくなったからか、かごいっぱいに入った蜜柑を捨てようとしているのが見えた。


「おい、そいつは捨てるつもりかい?」


「ああ、カビだらけになっちまったんで捨てるしかねえんでな」


「ならそいつを俺にくれねえか?」


「ああ、いいぜ、青カビだらけで食えたもんじゃねえし

 持ってってくれりゃ助かるってもんだ」


 蜜柑は冬の間の水菓子、要するに甘い食べ物として重宝するが、結構カビが生えやすい。

他の見世でも余った蜜柑を腐らせて捨てようとしていたので、もらって回ることにした。


「はは、結構な量になったな」


 青カビと言えばペニシリンだ。

実際江戸時代にタイムスリップした医者が活躍するドラマにもなった漫画でも蜜柑の青カビからペニシリンを抽出しているし、実際の江戸時代に青梅にて開業していた医師で、足立休哲という人物は、秘伝の薬を使って多くの人々を治療していたが、彼の秘伝の薬とはカメで培養した青カビを使ったものだったらしい。


 今のところ梅毒患者は俺の身の回りにはいないが、ペニシリンを作っておいて損はなかろう。

ついでに寒天とでんぷんを利用した柔軟オブラートもほしいな。

やり方は江戸時代にタイムスリップした医者が活躍するドラマにもなった漫画でやっていた方法を真似する。


 俺は青カビが生えた蜜柑を開店前の万国食堂の台所に持っていった。

そして、米のとぎ汁に小麦粉の入った液体を、予め煮沸消毒したツボに入れて持ってきて、みかんの皮を剥き青カビのはえている部分をそこにどんどん入れる。

残りは捨てる、もったいないが青カビは猛毒だし、菌糸は意外に根を張ってるからな。


 青カビは糖質、特にデンプンなどが大好きなので、こうすれば青カビは結構増える。

まあほしいのは水溶性のペニシリンの方なんだが。


 上と下に口があって栓ができる樽を用意し、下の口には栓をしての上の口に綿をたっぷりつめたじょうごを置き、その上から青カビがたっぷり生えたみかんの皮が入った米の研ぎ汁を流し入れ、培養液をろ過する。


 こういった水の濾過の技術はすでに徳川家康が江戸に入った直後くらいには江戸で使われていた。

上水が普及する前は赤坂溜池や神田川の水を砂の詰まった樽で濾過して飲水としていたんだが、そもそも戦争のときは井戸には糞が投げ込まれ飲用に適さないようにされていることが多かったから、陣中での飲用水は、近くの川などの水を飲めるように、濾過したり煮沸したりしていたからな。


 そして戦国時代に火薬を国産できるように硝石の製造を行うようになった際に、便所の土に混じった硝石を水に溶かし、その水溶液からの火薬に使う硝石を抽出する技術も高まった。


 だから、ペニシリンの抽出を行うために必要な技術はこの時代にないわけではないんだ。


 で、とりあえずこれで濾過されたペニシリン入り米のとぎ汁が出来上がる。

とはいえ、このままではペニシリン溶液は人体には使えない。

ろ過しただけでとりあえず見た目は青カビはないとは言え、細かい不純物がたっぷりはいっていて、もとは青カビがたっぷりはいった米とぎ汁でしか無いわけだからな。


 ちなみにペニシリンは口から飲むと胃酸で破壊されるし熱にも弱い。

なので、煮詰めてペニシリンの結晶を作ることはできなかったりする。

で、ここから不純物を減らす方法だが、ろ過した液体の中に、菜種油を注ぎ、蓋をしてよく振ってかき混ぜる。


 で、しばらく放置して樽の中の液体が”油に溶ける脂溶性物質””水にも油にも溶けない不溶性物質””水に溶ける水溶性物質”の3種類に分離するのをまつ。


 で、必要なのは一番下に溜まった水の部分だけなので、下の栓の場所に煮沸消毒した受け止める容器を置き、水だけを抜いて、上の油と不溶性物質をすてて水だけを残す。

ペニシリンは水溶性物質のため、この部分に溶けているんでな。


 で、ペニシリン溶液からさらに不純物を取り除くために煮沸消毒して砕いた炭を入れた甕(かめ)にペニシリン水溶液を流し込み、かき混ぜたあとしばらく放置する。

ペニシリンは炭に吸着する性質があるので、炭のみを取り出し、残りは捨てる。


 これでペニシリンの入った炭の粉ができる。

これでおおよそ実用に耐えるペニシリンの抽出はできたはずだ。

さらに、純度を上げたければ、酸とアルカリで不純物を除去することもできなくはないが、ペニシリンは酸に弱いから、ヘタすると全部がパーだ。

なのでそこまではやらないでおく。


「まあ、こんなもんかね」


 柔軟オブラートは寒天を溶かした水にデンプンを加えて天日で干せばそれっぽいものはできる。

ペニシリンは結核には効果がないが、気管支炎や肺炎などの炎症や梅毒、淋病などの性病には効果がある。

まあ口からは飲めないんで、梅毒でできた瘡にペニシリンが吸着された炭の粉をハリにまぶして、刺すか、ペニシリンが入った炭粉をオブラートに包んで、座薬として肛門からそれを突っ込むしか無いんだがな。

とりあえず、これは氷室で保管しておこうか、ペニシリンは熱にも弱いから台所においておくわけにもいかないしな、まあ、役に立たないですむならそれに越したことはないんだが。

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