見世細見と日めくり暦、毎日うずめはん

 さて、俺は菱川師宣にいろいろ作画を頼むことにした。

まずは見世細見(みせさいけん)の挿絵作成だ。

細見とは案内書のことで、これは現代で言うなら風俗店の紹介ホームページみたいなものだな。


 この頃には遊廓の遊女の口コミ本みたいなのは有ったが、見世が出す宣伝広告とはちょっと違う。


 見世の説明をする見世細見を引手茶屋においてもらい、うちの見世の場所や在籍している遊女の名前や外見や性格などの特徴、遊女からの一言、遊ぶときの揚代などをわかりやすくして案内してもらいやすくする。

美人楼や劇場版も作ってもらえば、そっちにもきやすくなるんじゃないかな。


 引き手茶屋と言うのは吉原の入口近くの大通りに立ち並んでいて、吉原に来て茶を飲んでるやつに、契約している遊郭の中から予算や好みなどを聞いて見世の紹介や仲介を行う場所で現代で言うと歓楽街に在る案内所みたいなものだな。

当然だが契約するにはカネがかかるし、案内された客の払った金に応じて礼金を払う必要はある。

太夫なんかと遊ぼうとする場合はいきなり置屋などに来ても駄目で、茶屋を通して身分や所持金などを証明しないといけない。


「とりあえず、うちの見世までの案内の地図やら料金やらはこっちが書くんで

 お前さんは遊女の姿図を描いてくれ。

 最初の見開きは藤乃の行列風景と楓の脱衣光景がいいな。

 それでできれば木版で大量に刷れるようにしたい」


「やれやれ、相変わらず人使いの荒いことですな」


「その分、給金は当然払うぜ」


「わかりました、やりましょう。

 知り合いに声もかけますがいいですな」


「おう、当然だ、そいつらにもちゃんと給金は払うから

 よろしく頼むぜ」


「ではよしなに」


 そして、俺は藤乃と楓を呼んで言う。


「お前さん達、見世のために今度引手茶屋においてもらう

 細見の頭の見開きにお前さんたちの姿絵を載せるからよろしく頼むな」


 藤乃は首を傾げながらも頷いた。


「はあ、見世のためということですしええですよ」


 一方の楓はなぜ?という表情だった。


「見世の看板太夫である藤乃様はともかく

 わっちのような下っ端もでありんすか?」


「おう、お前さんの脱衣劇な、評判いいんだよ。

 一部じゃ吉原意和戸(よしわらいわと)の

 天鈿女命(アメノウズメノミコト)って評判なんだ」


「わ、わっちがそんなことに?!」


「なんで、藤乃の行列風景で楓の脱衣光景でいくことになった。

 よろしく頼むな」


「あい、わかりんした」


「そういうことですかぁ……」


 藤乃はニコニコと、楓はなんやらうなだれていた。

人気があるのはいいことだぞ。


 ちなみに現代だと風俗店のホームページや風俗の広告媒体を見れば風俗店の名前や在籍している風俗嬢の情報、やっているイベント、住所や電話番号、料金などは簡単にわかるようになってる。

パソコンでもスマホでも簡単に見れるから楽になったよな。

まあ在籍女性は顔出ししてる場合は少なく殆どはモザイク、場合によって画像NGとかもあったりする。

彼氏や旦那に内緒で働くとか、昼間に他の職場ではたらいて、そこにバレるとやばいとか色々事情があるんでな。


 インターネットが普及していない時代は基本的には風俗店を紹介する雑誌やスポーツ新聞、タブロイド新聞の風俗紹介ページ、三行広告だけが広告手段だった。

それの割引チケットを持ってくるお客さんも昔は結構いたんだがな。

ただ雑誌は取材撮影してから2ヶ月か3ヶ月後の発売だから、取材した音案の子が雑誌が発売されたときにはすでに店にいないなんてことも珍しくはなかったりするが。


 ああ、電話ボックスや電柱になんかに貼ってあるピンクビラ、ポストにビラを入れるのは違法だぜ。

取締が厳しくなって一斉に消えたけどな。


 江戸時代から昭和初期までの遊郭は格子の中に座って居る遊女を直接見て、ちょっと話したりして指名できるが、現代ではそうは行かないので、基本は受付で写真を見て決める。

昔懐かしの店舗型ヘルスではマジックミラー越しに風俗嬢を見て指名できる場所もあるみたいだが、もう殆ど無いんじゃないかな?


 さらに昔は風俗専門のカメラマンを店に呼んだり、風俗専門の写真スタジオに行って、可能な限りきれいになるように撮影しないといけなかったが、現代ではデジカメで取って、そのデータをパソコンにデータを落として、フォトショップで色々加工できるようになったからな、写真詐欺も少なくなくなった。

フォトショップで店員が加工作業するんだがウエストのクビレを作ったり、胸を大きく見えるようにしたり、顔の輪郭を変えたりも簡単にできるようになったわけだ。


 まあ、昔のデジタルじゃない時代における指名写真の場合も”おいおい、これいつ撮影した写真だ”と言うものも多かったりしたが。

なんせ、指名写真を撮影した後太ったり痩せたり、何年も前のものであったりなんかも珍しくないからな。

まあ、あんまりにも写真詐欺がひどいと悪い口コミがすぐ広がるので、結局自分たちの首を締めたりするんだがな。


 ヘルスなどは写真をプラスチックケースに入れて出すだけだったりするが、吉原などのソープランドでは分厚いアルバムに指名写真を入れて、アルバムをめくってソープ嬢を見比べたりする。


 一般的には細めの女性の方が人気な感じだが、ソープではマットプレイなどの密着感を好む客が多いのでちょっとぽっちゃりで20代後半から30代前半の女性の方が人気だったりする。


 しばらくして細見が出来上がった。


「うん、いい出来じゃないか」


 何枚か綴られたページは現代のグラビア雑誌的にまずは藤乃の太夫行列が描かれ、楓の脱衣の様子も描かれている風俗広告絵物語冊子というわけだ。


 俺は早速それを引手茶屋においてもらうことにした。


「おう、今日から俺の見世を紹介するときはこれを見せてやってくれ」


俺は茶屋の主人に冊子を見せながら言う。


「ほうほう、これはわかりやすくいいですな」


「だろう、よろしく頼むぜ」


「へえ、承知しました」


 このお陰でなんだかんだで、俺の見世の格子を覗いていく人間は増えたぜ。

まあ、増えなかったら色々損失になるわけだが、まあ、浮世絵師や木版彫師、摺り師などの職人にも安定した仕事を回せば、そっからこっちに戻ってくるやつも居るんじゃないかな。

文章も文章書きに外注することも考えてる。

現代の作家やアニメーターとかもそうだが”書くだけ”仕事は給料が基本安いうえに安定しない。

だからそういった職への仕事の安定供給も目指したいところだよな。


 それにくわえ、藤乃や楓の姿絵入りの日めくり暦も作ることにした。

この頃は大小暦(だいしょうごよみ)という暦が主に使われていて、これは別名で絵暦(えこよみ)という。

このころは太陰太陽暦では月の満ち欠けを元に大の月・小の月を決定する。

板の太陽暦と違い、閏月が追加される年もあるので、暦を見ないと今月が大の月か小の月かわからなくなったりする。


 基本つけ払いの商店では特に大事だ。

で、大小暦は漢数字を巧みに配した絵で大小の月をわかるようにしておりそこに絵などもくわえられていた。


 これにちょっとした毎日日替わりの応援メッセージも入れる。

修造の日めくりカレンダーのパクリだな。

でも、まあ毎日日めくりで読めば励まされるんじゃねえかな、これをみると。


 藤乃太夫版は毎日立ち姿が変わっていくだけだが、楓版は月の頭はちゃんと着ている着物を少しずつ脱いでいき、月末には岩戸から出てきた、女神様と一緒にお色気ポ-ズになるというもの。

まあ、暦の売買は江戸幕府及び陰陽道の土御門家によって厳しく規制されていたため、太夫や格子太夫のような金のかかる相手に対しての贈答品として作成し後は引手茶屋にもおいてもらうとする。


 これも配り始めたらなんだかんだで評判が良いぞ。

特に楓のやつは”毎日うずめはん”と呼ばれて引く手数多だった。

楓がそれを聞いていった。


「なんかわっち、複雑な気持ちですわ」


「いいじゃないか、かなりの人気だぞ」


「はうぁ、でも、恥ずかしいですわ」


 まあ、春画は江戸の文化だからな。

どんまいだ、楓!

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